T-7鬼教官たちの宴 03  

続・YAH!YAH!YAH!鬼教官がやってくる!! その3 

  気合いが入っていたせいか、あんなに酔いたくってロレロだったわりに次の日はシャッキだった。朝の散歩がてらに自転車で出かけていって電話をかけ、鬼教官たちと日曜市へと出かけてみる。これまで帰りのスケジュールの関係で、日曜市は行かず終いだったのだけども、今回ようやく見てもらえることになった。驚いたことに元F-1の高Yさんは、一足先に朝の散歩がてら日曜市へ出かけているそうだ。
 この日曜市っていうのは、高知城から東へ約1キロメートル、追手筋という片側2車線ある道路の半分を通行止めにして行われている市で、主に農産品が多くて、海産品を期待していたのかも知れない鬼教官方をガッカリさせてしまったのかな?蓮池通の方から歩き始め、それでもまあ終点にはあの『ひろめ市場』や『大橋通』が待っているから、そこで見て貰うことにする。
 途中、市名物の芋天を味見してもらいながらプラプラ歩く。雑多な品揃えとオバチャンたちの客呼びの声、そしてぐちゃぐちゃな人の流れ。時に道の真ん中で立ち止まり考え込んでいる人。急に向きを変えると、人にぶつかり掻き分けながら、先ほど通り過ぎてきた店へと向かって行く。子供のころに高鳴った心が、この雰囲気の中には残っている。たまに早起きして来てみるのも良いものだ。
 一行はお約束の『ひろめ市場』へと辿り着く。高知3回目のDIさんが初めての教官に説明していたけれど、期待どおりっていうのか何なのか、朝っぱらから気持ち良く飲んでいる人がちゃんと居てくれました。もう1泊できれば、こんな場所でやって(飲んで)みるのも良いのだけども、忙しい人たちだから無理だろうなぁ…。
 気が付けばDIさんが魚屋さんの店先で何やら交渉している。隊へのお土産を送ってもらうようだ。その時間待ちの間に、横で良いものを見つける。鯨とウツボを唐揚げにしたもの、さっそく買い込んで味見してもらう。そしてここで意外な弱点を発見、元F-15ドライバーのI上さんは鯨もウツボもどちらも苦手だということ。いや~ぁ良かった、今回の飲み会ひょっとすると前回の新田原組を出迎えた『鯨の専門店』にしていたところだった。危ないあぶない…

 楽しい時間っていうのは、本当にあっという間に過ぎてしまい、ホテルへ戻ると、もう出発の時間を迎える。「夕べはべろんべろんだったけど大丈夫かぁ?ちゃんと運転しろよな!!」なんて井UさんがHSさんをからかっている。そしてぼくは少し離れた場所で、祭りの後の寂しさに包まれながらそんな彼らを見ていた。「あ~あ、つまんねぇな。このまま防府まで付いていこうか」なんてね。

 追伸ってわけでもないのだけれど、この前こっそりDIさんに話していたダバダ火振りのミステリアスリザーブ、正式には『四万十川火振り酒』っていうそうなんだが、それの写真が送られてきた。蔵出し予定は平成25年7月「その時私は何処に居るんでしょうね」なんてDIさんは笑っていたけれど、どこに居ても大丈夫、この酒持って遊びに行きます。そのころ、この『亡霊たちの宴』がどこまで広がっているかも楽しみにして。

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T-7鬼教官たちの宴 02  

続・YAH!YAH!YAH!鬼教官がやってくる!! その2  

  今回もまた”防府の鬼御一行様”は、バイク3台と乗用車1台での襲撃となったが、前回は皆が同じルートで来ていたのだけど、今回はフェリー&国道組と1000円高速組に別れて来高するとのこと。到着予定時間を聞いて、南国『道の駅 風良里』で待ち合わせる。今回の確定メンバーは、DIさんに井UさんとHSさんまでが去年の襲撃メンバーで、そこへ新たに元F-4ライダーの田Nさん、更に第1飛行教育隊から元F-1乗りの高YさんとF-15ドライバーのI上さんが加わった。そこから2箇所、ちょっとした秘密の場所を観光?案内して、宿まで戻る。いつもながら、観光の方がしょぼくて申し訳ないのだけれど、こちらにはファントムのような飛び道具が無いので「地味なのは仕方ない」と我慢して貰おう。そして遠征でお疲れの鬼御一行様は、疲れを癒す間もなくメインイベントへと突入させられていく。
 前にも書いたとおり、今回の宴会場は宿から歩いて3~4分の場所。案内をして中へ入り、二階へとトントントンと上がると、こちらの迎撃部隊はもう勢揃いしていた。K内くんから「仕事が延びて遅れる」と連絡があっていたので、K内くんには悪いけれど気にせずどんどん始めることにする。料理が運ばれてきて、生ビールが揃って早速「かんぱ~い」となった。ゴキュゴキュと皆の喉が鳴って「うみゃ~い」と口の周りについた泡を拭き取る。鰹のタタキを摘んでジョッキを傾けると、もう1杯目が空いた。
「失礼しま~す」と店の人が料理を運んできて一際大きな歓声があがる。どどーんとでっかい俎板の上に、5キロくらいの鰹の刺身が尾頭付きで乗っていた。これは見た目も派手だったので、早速携帯での撮影会が始まり
「くぁ~っ、こんなの見たらA樂絶対に悔しがるぞ」
「よし、どんな反応してくるかメールで送ってやろう」
親切なのだか意地悪なのだか、今回来れなかったA樂さんへ鰹の写メを送っている。ぼくはまあ、そんなこんなの様子を「喜んで貰って良かった」と、ニコニコしながら眺めていた。
 やがてK内くんも合流し再度乾杯をして、ビールだと腹が張るのでと、早くも焼酎や日本酒が始まった。初めはチマチマとお猪口で差しつ差されつ大人しくやっているが、土佐の男は面倒くさがりなので「なんか容れ物が小まいし、ややこしいき」と言って小皿にお酒を入れて、どひゃひゃひゃ~と注ぐ。
 さあ飲め、やれ飲め、これ飲め、おらの酒が飲めんがかぁ…

 …気付くと、しこたま酔っ払っていた。
 レロレロになっていたのであまり自信はないけれども、その後店からの請求が来ていないのでちゃんと支払いだけは済ませていたようだ。
 全員でぞろぞろ歩いて、またいつものバーへ向かう。今回はカウンター横の大きなボックス席の方へ入れたのだけれども、これまでずっと畳の個室(バーなのに)だったから、そっちの方が座りが良くなっていたのか「上がいいよ、上にしよう」なんて(だれだっけ?)ことで、いつもの部屋へ潜り込む。
 ここまでくると、しっかり酔っ払いの集団と化していて、シャッキなのは下戸のひっちさんとDIさんくらいか?そうそう、いつもながらDIさんのエライこと。鉄の肝臓っていうのは時々いるけれど、うーんまるで超合金、いや本当はザルなのかもしれない。分解も何も、ただ口から入って体内を通過していくだけ、並の土佐っぽじゃあ適いません。正味相手出来るのは、日本酒をご飯代わりに2升飲んでいたと言われる坂本龍馬くらいか?(高知の人間に「酒は飲めるか?」と聞かれて「しょうしょう」と答えると「おう、升升で2升も飲めるか」と言われるというのは、この坂本龍馬の話あたりから来ているのじゃないかと思っているのだけれど…)一度で良いから、ベロベロになった姿を見てみたい。…ということで、内緒なのだけど、今度防府に行った時に仕掛けてみようと思うので、他の皆様どうかご協力の程をよろしく。(まあ、ここに書いちゃえば秘密も何もあったものじゃないか)
 宴も終盤に近付いて、井Uさんに『飛ばねぇ豚はただの豚だ~♪』というのをやってもらったのだけど、ここに出しても良い?と聞いて「あ、全然OKッスよ~」の返事をもらってたんだけども、う~んどうなんだろう?もちろんぼくだって他人のことを言えるような立派な状態じゃないのだけども…素面で見てみると、あ~こりゃ駄目だわ、うっかり学生に見られでもしたら(なんて、どうってことはない、ただ酔っ払っているだけだけども)というわけで、また次の機会に。
 

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T-7鬼教官たちの宴 01

続・YAH!YAH!YAH!鬼教官がやってくる!! その1  

 それはまだ、しっかりと暑さのただ中にあった9月初めのこと、まだ7時前だというのに紅色の豚がぼくにメールを届けてくれた。その時ぼくは、少し込み入った事情から既に現場へ出ていた関係で、内容を確認するのが遅れたのだけれど、開けてみてすっかりゴキゲンになった。

『百里は決行されたのでしょうか?こちらも高知襲撃計画を立案中です。とりあえず、10/17・18で行動予定ですが、そちらのスケジュールはいかがでしょうか?』

 というもの。
 元来ぼくの考えとしてみればスケジュールなんてものは、少々無理をしてでもこじ開けていくものだと思っているから(嫌な奴からの誘いなら別だが)先ずこの日に向けて予定を逆算してみた。15秒ほどで答えが出た。うん大丈夫、何とかなる。「少しぐらいの無理は男の甲斐性さ」なんてうそぶいてみた。そして後ろを向いて、背中でクックックッと笑い、心の中で万歳三唱してみる。

「来る、防府の鬼たちがまた鰹を喰らいにやってくる!!」

 嬉しさの余りしばらく妄想の中を漂っていたが、やがて正気に戻り「みなに連絡してみなくっちゃあ」と電話を手に取る。K内くん1名を除いて連絡がついたが、ひっちさんとN川係長は「その日は浜松へサンダーバーズを見に行く予定だから」と出鼻をくじかれる。ええい仕方ない、残りの戦力を挙げて迎え撃てば勝てないまでも互角の勝負には持ち込めるだろう。そう腹を決めるが、ちょうど百里出動の前ということもあって、何やかやと用事にかまけて段取りがなかなか前へ進まない。
 
しかし、結果的にはこれが良い方に転がって、ひっちさんとN川係長が「せっかく来てくれるのだから、浜松はまた今度にすることにした」という感涙ものの連絡をくれた。K内くんからも都合がつけられると連絡が有ったし、よし、今回はフルメンバーで行けるぞ!!

 向こうからの襲撃人員は6~7名だとの連絡も入り、多少の緊急減員があったとしても12~14名の宴となる。毎度行くぼくの好きな店は、かなりちっちゃい店ばかりだから、こういう時にちと困る。そして知り合いの酒飲みに声を掛けていって何店舗かに候補を絞り、一番無理をきいてくれそうな「仙樹」に決定する。ここなら防府の鬼ご一行様の定宿からも近いし、鰹はその日のとびきりのやつ2本を持ち込めるようになったので、多分がっかりさせることは無いだろう。


 当日までに突発事項が発生しないだろうかという不安と、指折り数えるような楽しみの中、接近した大型台風も何とか交わし(もし被害に遭われた方がおいでになれば、申し訳有りません。お見舞い申し上げます)ついに当日を迎えた。それまでは何故か頑固に土曜日だけ「雨マーク」を出し続けていた天気予報も、当日にはすっかり諦めて「曇り」や「晴マーク」に転向してきている。ぼくらの執念が上回ったようで、非常に気分がよい。
 朝一に、無事四国へと渡るフェリーに乗り込んだことを知らせるメールが届く、そしてぼくらも気合いを入れる。
「さあ野郎ども、戦闘態勢だ。今更逃げ腰になる腑抜けはいねぇな!!」

 

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’09百里基地航空祭 その3  

激走1泊4日1853キロ 3~4日目  

「10時くらいから天気は回復してくるようですよ」
 GGくんからの情報のとおり、次第に回復してきた天候は、午後にはすっかり上天気になっていた。尾白鷲とウッドペッカーの計4羽が気持ちよさそうに大空へと舞い上がり、ぼくらのボルテージも最高潮に達していた。
 対地攻撃のために南側から進入してきた尾白鷲に向けて、対空機関砲が唸りを上げる。轟音を残して通り過ぎた尾白鷲を追っかけていると、再び対空放火の音が…そして別の尾白鷲が迫ってくる。これが何度も何度も繰り返される、まるで午前中の埋め合わせ(満足度はそれ以上)のように。

 続くはウッドペッカーのお披露目。
「偵空の突っ込みは凄いですよ」
 現役の重い言葉を聞いてはいたが、まさかの突っ込みに度肝を抜かれた。
「えっ?あそこからまだ高度を下げた!!」
 のっけの2機が交差する時、1機が更に機首を下げる。素人目には一瞬「墜落するんじゃないか」と見えた。ぼくの位置からは、展示機の陰に入ってその後の動きが見えなかったのだけど、実際どうだったんだろう?

 帰り道が遠いのでブルーインパルスは適当なところで切り上げて帰ろうか、なんて話していたのだけれど、結局最後まで見てしまった。ここまで残っていたのだから、各機の帰投シーンも見届けたかったのだけど、そこはまあもう3人とも大人だし、明日からの予定もあるしってことで泣く泣く帰途についた。

 宿まで自転車で戻り、そこから高速道路のインターチェンジを目差す。ルート指南は、この前まで501飛行隊に居たCFさん。鉄板の渋滞予報に基づいて、エスケープルートを探す。作戦勝ちなのか、たまたまなのか、割合簡単に高速道路に乗ることができた。
「よしよし、しめしめ」
 なんて喜んでいると、その先ぼくらを待ち受けていたのは、田舎じゃあ考えられないくらいの渋滞。午後4時過ぎには高速道路に入っていたのに、午後8時の段階で首都高を抜けていなかった。走行距離90何キロ、これじゃあ高速道路に乗った意味がまるでないじゃないか。平均速度30キロにも満たないんじゃあ、むしろ一般道を通った方が地球にも財布にも優しかった?
 東名に入っても、部分的な渋滞が発生しており、その度に「後続車は突っ込んでこないか?」なんてドキドキの繰り返し。財布の関係から何とか日付の変わる午前0時までに大阪を抜けたいなんて希望を持っていたんだけれど、新名神に入ったところで望みは絶ち切られてしまう。
「あ"~っ、もうどうでもいいんだ~ぁ。好きにすればいいさぁ!」
 心の張りを無くした3人は、その後やけくそのようにSAに立ち寄り、土産を買い込み飯を食う食う、さっきラーメンを食べたのに、またカレー食べるの?えっ、今度はシュウマイ?…てなもんだ。
 さすがに疲労を馬鹿のように溜め込んでいたから、何度か上の瞼と下の瞼が結婚しそうになりながら、ようやくぼくの家へ辿り着いたのが午前5時。

 今回の出動
    9/11 23:50出発
     同14 05:00帰高
    走行距離1853キロ
でした。

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’09百里基地航空祭 その2  

激走1泊4日1853キロ 2~3日目  

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 明日は人がいっぱいだろうからと、先に出店でお土産などめぼしい物を買い漁り、少し早かったが宿へと向かう。予約した時に話した感じからすると、新田原前の「やすらぎ」みたいな雰囲気かなと思っていたが、何ていうかそのまんまの雰囲気だった。足りないのは、1階で居酒屋をしていなかったこと。だから当然、部屋中に戦闘機乗りたちの痕跡が残ってもいないし、ここでの新たな出逢いも期待できない(まあ、何もそれが目的じゃないけれど)わけだ。入り口で声を掛けると、小学生くらいの女の子が出てきてお母さんを呼びにいく。玄関前で周囲を見回したりなんかして少し待っていると、隣の温泉施設からパタパタとおばさん(失礼)が走ってきた。部屋に通されお風呂が入ったと呼ばれるまでのたった30分間で、3人は見事に墜ちていた。高知を夜中に出発して高速をひた走り、片道約10時間半、更に基地内を歩き回ること3時間半。この後はGGくん八Fくんが宴席を構えてくれているので、今の内に少しでも体力を回復させておかなければ、土佐っぽ3馬鹿百里に死すなんてことにもなりかねない。
 やがて「お風呂入りました」の声に、ぼくが先頭を切って風呂場へと向かう。服を脱ぎすっぽんぽんになって(風呂に入るのだから当たり前だけど…)ガラリと戸を開けたままの状態で、ぼくは凍り付いてしまった。なんと、お風呂のお湯の色が……何色って言えば良いのだろう?う~んと一番最初に思い付いた色が『どぶ色』だった。蛇口から流れ出ているお湯を手で掬ってみると間違いなく『どぶ色』で、すっぽんぽんの姿のまま今更人を呼んでお湯のことを聞くのも恥ずかしいので、とりあえず匂いを嗅いでみた。特に異臭はしない。だからといって硫黄のような匂いも無かったので、いまいち温泉だという自信が持てない。仕方ないので、そのお湯で2~3度手を擦ってみた。すると、ぬるぬるとした温泉特有の感触があったから、やっと安心して入ることが出来た。せめてひと言説明があれば、こんなに悩むこともなかったのに…。
 部屋に戻り他の者にこのことを伝えていたから、その後は大きな混乱もなかったのだけど、戻って来てみな口々に温泉の色に度肝を抜かれたと言った。ひととおり、風呂の話で盛り上がった後、再び布団で気を失い約束の時間までのあっという間が過ぎると、少しだけHPが回復したような気がする。
 GGくんが手配してくれた店の車に揺られて約15~20分、着いた店はちょっと「やすらぎ」のような空気が漂っているトンカツ屋さん。後で聞いた話だと、空自出身の方がやっているお店のようだ。適当に注文して生ビールが届くころ、八Fくんが着き乾杯した後少し遅れてGGくんが到着した。
 生ビールを定量飲んだ後で、見回した店の壁には『マッコリ』の文字。隣国の飲み物のようだけど、飲んだことがなかったので興味本位で頼んでみる。紙パックで出てきたお酒は、薄い乳酸菌飲料のような味だった。まあアルコール度数も高くないから、ガバガバ飲んで平らげて次に移る。「やっぱり漢の酒は焼酎だよな」なんて氷を入れてロックにして飲むと、疲れた五体に染み渡る「くわぁ~、美味いのう」土佐っぽの馬鹿声が百里の地に響き渡った。

 10時半ころには宿へ戻り、そのまま爆睡。午前6時前に横で寝ていたKMの地獄のような鼾で目を覚ます。鼻を摘んでも止むことのない鼾の攻撃に、諦めて体を起こし窓を開けると、百里の冷たい空気が室内に流れ込み、一瞬だけ鼾が止まった。昨夜心配された雨は止んでいたが、遠くの景色は靄に包まれている。GGくんと八Fくんは3時起きの4時出勤だって言ってたっけ、ぼくらのために無茶な勤務を強いられているわけだから、せめて彼らに余計な負担をかけないようにしなくては。
 開けていた青い空は、流れてきた雲に覆われたり晴れたりを繰り返す。でもまあ、雨さえ降らなければと、7時半に宿を出発する。足は勿論、苦労して運んできた『折畳み式自転車』だ。渋滞の横を通り抜けていく時には、少しだけ嬉しくなる。

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 正門から入って最初に向かったのが「F-4EJ飛行隊発祥の地」という記念碑。前日に整理をしていた隊員の方に場所を尋ねたがご存じなかったので、帰る時に探していたら正門のすぐ近くにそれらしい石碑を見つけていたのだった。昨日はもうパワーダウンしていたので、寄って行く気にはならなかったが、今日は元気いっぱいだしオープニングにも時間もあるしと、他の2人も促して立ち寄った。

 会場に着いても天気は良くなく、ずっと靄に包まれたままだった。GGくんは今日はアラートで基地の外れに缶詰にされていた。八Fくんはオープニングの編隊飛行でウイングマンを務めると聞いていたので、連絡しても忙しいだろうしと遠慮していたが、結局靄は晴れないままで編隊飛行は見られずタクシーだけに終り、午前中の戦闘機の演目は、辛うじてF-15がぐるぐるりんと回って終わる機動飛行だけだった。

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’09百里基地航空祭 その1

激走1泊4日1853キロ 1~2日目

 那覇の302飛行隊が百里基地へ異動した今年2009年、ぼくは密かに航空祭出動を計画していた。
 解決しなければならない問題点としては、
    その1  宿を何処にするか
    その2  移動手段を何にするか
    その3  だれと一緒に行くか
の3つが挙げられる。
 宿については何年か前から、基地北西方向約5キロメートルに手頃な宿を見つけていたので、空き部屋さえ残っていればここに決めようと思っていた。航空祭の時に泊まる宿なんて、酔っ払って眠ることができる機能さえ備えていれば問題はないから。
 移動手段は、今回の場合片道が900キロを超えるので飛行機をチョイスしたいところだが、まだ茨城空港が完成していないため羽田で降りその後の交通機関等も考えると、悩みどころが満載の状態。また宿から基地までの移動をどうするかということも、大きな壁となって立ちはだかった。つまり消去法的に乗用車での移動となり、車に折り畳み式の自転車を搭載して宿から基地までの足にすることが適当と思われた。
 だれと一緒に行くかは、片道900キロを超える行程を往復できる体力と、疲労から途中不穏な空気が漂ったとしても修復できる関係ということも含めて検討しなければならなず、最大の障壁と思われた。1000円高速の恩恵を十分に生かすためには、深夜の移動になってしまうので、眠気などを考えて距離的に1人頭300キロの運転なら大丈夫だろうと想定すると、自動的に人数3人が適正と決定した。次に3台の自転車が搭載できて、そこそこ長距離を運転しても楽そうな車を持っている者という条件が必要となり、トヨタハリアーに乗っているHKの顔が浮かんだ。結局、新田原出動ファーストメンバーならと思ってHKとKMの2名に最初に声をかけると二つ返事でOKだったので、このようにしてメンバーも決まったのだった。
 幸い宿も空いており9月12日3名で予約を入れ、折り畳み自転車はぼくの持っている2台と、KMの1台ということで話が纏まった。

 迎えた9月11日午後11時半、当然のように約束から半時間以上も遅れて、HKがぼくの家へやってきた。ところが自転車を車に積み込むのに思いの外時間がかかってしまい、結局出たのは日付の変わる少し前にまでずれ込む。
 瀬戸大橋を越え、大阪・名古屋あたりまでは元気だった3人も、浜名湖SAで給油を済ませたあたりから急激に疲れてくる。その後夜が明けるまでハンドルを握っていたぼくは孤独だった。他の2人のイビキを聞きながら、眠気覚ましの栄養ドリンクと辛~いガムがぼくの味方だった。
 都内で若干の渋滞はあったものの、9月12日午前10時20分ぼくらは無事千代田石岡ICを流出する。天候は、何日か前には晴れ時々曇りの予報だったのが、前日になると一時雨が混じる予報となって、当日には午後から雨予報となり、実際は朝から小雨が時折強い雨も交えて降り続いていた。全く天気予報って肝心な時に当らないのだから。それとも、航空祭前日の行事に招待者として、厚かましくも参加しようとしたからバチがあたったのかな。
 本番前日だというのに基地周辺の渋滞はすでに激しく、ぼくらが駐車場所へ車を駐めることができたのは、時計の針が12時を指したころだった。

 GGくんに連絡して迎えに来てもらい、新隊舎のあちらこちらを案内してもらう。元々は301飛行隊が使っていた建物で、前使用部隊がイーグル204飛行隊だったわけだけれども、どうしても那覇と比べてしまうから手狭に感じるのだそうだ。そうだろうなぁ、あの底抜けに脳天気な青空(あくまでぼくの印象ね)を独り占めしていたのだから、たしかにここは色んな意味で手狭に感じるのかも知れない。ちょうど2年前まだまだ暑かった那覇の日のことを思い出しぼくは鉛色の空を見上げ、着込んでいる長袖の上着を羽織りなおした。やがて八Fくんも合流してくれて、あちらこちらと一緒に回る。
 今回はちと無理なお願いを用意していた。

 どうしても2人に「飛ばねぇ豚は~」と言ってもらいたかったからだ。顔出し許可を貰って、440(ししまる)号機の前でやってもらった。 

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続・亡霊(ファントム)たちの宴27

防府北基地航空祭 その5  

 天気が回復したことは、例えぼくが馬鹿な買い物をして笑いものになったとしても、それはそれでめでたいことに変わりない。鉛色の空に響く轟音より、青い空を突き抜けていく轟音の方が、見た目や何やらを含めて10倍以上カッコイイのは判りきったこと。玉のような汗が噴き出したとしても、寒さに震えて鉛色の空を見上げることを思えばなんてことはないさ。



 F-2が気持ちよさそうに機動飛行を決めて、UH1とOH6が連携して燃えさかる炎を見事消し止めた。さあKゾーさんが2番機を務めるF-4のショータイム。先ず南側から進入してきた2機、うーん低い。これって新田原の航空祭よりも低い?見え始めてから、あっという間に通過して、またあっという間に見えなくなる。次はどこから来る?轟音の余韻を追っかけて、レーダーみたいに360度首をぐるぐる回す。突然顔の向いた反対側から襲撃されて、慌ててそちらに向きを変えようとすれば、首や背中がグチッっとか音をたてて「あいたた…」としゃがみ込む。くそ、いいとこ見損なった。ダメージから回復したころには、2機が右に左にと機体をバンクさせ、皆に最後の挨拶をし始めていた。あ~あ、せめてあと10分くらいは暴れ回ってほしかったのに。基地周辺への配慮ってやつだろうか、たしかにF-4ってやかましいからなあ。やんちゃ満載で通過する一瞬の繰り返しで、迫力は申し分ないし楽しめるんだけど、時間的なものに物足りなさを感じた。なんとか基地上空の見える範囲で、ぐりんぐりんできるようにならないだろうか?でもなあ、F-4から爆音が無くなればそれはそれで寂しいし、見に来る価値も半減しちゃうしなあ。それに、この音こそが今の日本にとっての専守防衛の重要な要素のような気がする。なるべく理屈っぽくならないようには努めるけど、つまり航空祭だって専守防衛のためのプログラムの一部なんだろうってこと。そのためには、なるべく開けっ広げに楽しく見せるって事が重要で、やかましいからっていう理由で静かな戦闘機を作っちゃったものなら、そしてこれを航空祭で機動飛行でもさせようものなら、国内外のありとあらゆるメディアから袋叩きにされて、どうかすると自衛隊の存続の危機にまで話は及ぶかもしれない。なんでこんな極端な話になるかって?実際の航空祭を想像してもらえれば分かると思うけど、しーんとした会場でアナウンスが無ければどこから現れるか判らない戦闘機を見るっていう行為は、見に来た人に『実戦的な不安』『具体的な薄気味悪さ』を与えるわけだ。ステルスが最強を誇る今日となっては自分の位置を知らせる…存在感を示すっていうことはむしろ不利な要素なわけで、だから爆音っていうのはむしろ戦闘兵器に関しては、国民の不安感を和らげる意味を持っているんじゃないだろうか?つまり逆説的にある意味で安全と平和の象徴とも考えられないこともないから(かなり苦しい?)ここはひとつF-4部隊を天然記念物的に残して(もう、意味不明・支離滅裂なんだけど…)いただくわけにはいかないだろうか。(もちろん、ただのF-4好きの戯言です、ハイ)
 ブルーインパルスに関しては、今回初めて「さくら」を見せて貰って大感激。ギャランさんのアナウンスは、ぼくらの居た場所がスピーカから離れていたから聞き取りにくかったので残念。安定した華麗な舞いを堪能していると、DIさんからの連絡。
「このあとニュータへ飛ばなくちゃいけないんで…」
 と、わざわざ挨拶に来てくれた。
 DIさんのことだから、何もしないまま飛ぶはずがない。そう思って見ていたら、やはりというか、案の定というか、しめしめというか、2機で離陸した後で「せーの」で左右にブレイクして会場を沸かせた。まったく、どの口がKゾーさんに『このやろー、てめーいい加減にしろ』と言ったんだか(なーんてね)いえいえ、ぼくらは大歓迎ですよ。
          *       *       * 
 帰り道の渋滞の中、高速に辿り着くまで1時間、宮島のSAで小休止していると、DIさんからのメール。もう新田原基地まで行って戻ってきたとのこと、いーなぁ~飛行機は。 今回もまた楽しい思い出をいっぱい頂いて、満足満足の2日間。さあ次は戻り鰹が旨くなった、秋の襲撃に備えておかなくっちゃな。皆さん揃ってのご来高、首を長~くしてお待ちしております。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴26

防府北基地航空祭 その4  

 スタートが早かったから、夜10時くらいにはよゐこでホテルに戻っていた。翌日も「渋滞したらいかんき、6時半に出よう」なんてひっちさんにネジを巻かれていたし…てなわけで、やれやれ、6時前に起きてシャワーを浴びてから出発する。う~ん、朝一番の爆音で目覚めていた「やすらぎ」が懐かしい。田島門側の草地の駐車場に並んで開門を待つ。メイド服を着た不思議なパン屋さんが開店の準備をしている。その突き出されたおしりの先で、ひらひらしているスカートの端を眼で追いながら時間を過ごそうとする「ふ~ん、航空祭によって色んな違いがあるんだ」でも、間もなく飽きる。何もすることが無いんで、ただひたすらうだうだと時間を潰す・つぶす・潰す…。そしてやっと開門、誘導に従って滑走路の近くに車を駐め、そして会場目掛けて歩いていく。「ここは新田に比べれば近いですよ」とDIさんに言われたとおり、これなら歩いても半分くらいだ。でもやっぱり、帰り道はひどい渋滞なんだろうな。
 そして飛行教育隊?の建物に手続きを済ませて入り、皆さんに昨夜のお礼を言ってから特等席の屋上に上がる。そして思う。あれ?寒い。今日は天気になるはずなのに?と見上げた空にはどんよりと厚く低く雲が垂れ込めている。まだ朝早いし、そのうち気温も上がってくるさと、根っからの脳天気野郎は軽く運動して体を温める。
 やがて4機のT-7が優秀な低騒音のエンジンに包まれて、さらにバラバラバラとヘリが飛んできてオープニングフライトが始まる。T-7が華麗に機動飛行?を披露して、さあお待ちかねの10機のT-7による編隊飛行だ。天気はまだ回復しておらず、けっこう冷たく強い風が吹いている。井Uさん頑張れよと祈るような気持ちで見守る。ジェット機のような轟音が鳴り響くわけどはないから、編隊飛行といっても本当に静かだ。ブーンという耳の奥に残る余韻のような、粛々とした威厳に満ちた飛行だ。威風堂々なんていう言葉は、このためにある言葉なんだなと実感した。

 遠くの方でブワーンという工事現場のような音が鳴り響いている。見渡すと戦車(これって特車って言わなくちゃいけないんだっけ?)が唸りを上げて走っている。へーえ、後で見に行ってみよう。それにしても寒いな。5月も末になると、昼間に長袖が必要だなんて思わない。少なくともぼくが育ってきた環境ではそうだった、だから当然半袖シャツしか持っていない。我慢しよう…でも寒い、やっぱり寒い、我慢できない~えーい仕方ない下の出店へ行って何か上に羽織るものを買ってこよう。ついでに戦車も見てこよう。
 そしてちょうどのシャツを見つけた、軍物の厚手のシャツ1900円。よしよし、これでもう寒くないぞ。
 …でも幸せだったのは一時だった。
 初めて見るエアーロックの曲芸飛行に口をポカンと開けて見ていると、あれ少し天気が回復してきたみたいだな、青空が見え始めたよ。よしよし、ラッキー。しかし天気は、本当に急速に回復し、午前中の寒さは何だったんだっていうくらい暑くなった。ぼくの手には、今はもう単に場違いでお荷物でしかない、厚手の軍物シャツ1900円が残された。たぶん高知に戻っても、この先また冬が訪れるまで着ることは無いであろうこのシャツ、怒りの鉾を向ける先が無くて、ぼくは教官室でお昼のお弁当を頂きながら相手かまわず当たり散らすこととなった。もちろんみんな爆笑していたんだけど。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴25

防府北基地航空祭 その3  

 今回の飲み会で聞いておこうと思ってた、どうしても気になってたことがある。今年の戦競でF-4がオープン参加になったってことだ。代わってF-2部門になった?んだけども、このまま出てこなくなれば楽しみにしていた戦競塗装機も見られなくなるってわけで、時代の流れって言ってしまえばそれまでだけど、どうにもこうにも残念だし、まだしばらくは現役(F-X問題が長引きそうだから)が続くわけだから、少しでも長く続けてほしいわけだ、愛好者としては。…ということで、頭の中でもやもや考えていても仕方ないので、直接訊いてみた。すると、少しだけ希望の光が差し込んでくるような話が聞けた。要約すると、今年は那覇の部隊が百里に移ったので、準備が間に合わないから301だけのオープン参加ってことになったけど、来年以降どうなるかは未定ということらしい。未定って言葉が気になるが、可能性が『ゼロ』でもないから一応期待しておこう。
 2次会で連れて行ってもらった店は、古いレコードをたくさん揃えた、オジサンのハートを鷲掴みにして離さない場所だった。店の壁という壁、いたる所に懐かしいアイドルのポスターが貼られていて(これがファイターたちの書き込みや写真だったら、昔の「やすらぎ」っぽいななんて思いながら)通路脇には昔のレコード屋さんみたいにシングルレコードをタイトル順に並べたボックスがあり、「や」とか「な」とかインデックスで分けられて整理されている。個人的な理由から(どんな理由だ?)入ってすぐにトイレへ駆け込んだんだけど、真っ正面にはピンクレディの大きなポスター。ミィちゃんとケイちゃんが親指を軽く銜えていて、おねだりポーズでこっちをじっと見ている。う~ん、まずい、まさかこんな所に罠があったとは…(汗)
 カウンターに椅子が並んでいて、ここに腰掛けるようになっているんだけど、こんな店は立って飲んだ方が楽しい。そう言えば昔はこんな雰囲気の店や穴蔵みたいな店がちょくちょくあって、そんな所で馬鹿みたいに酒を呷ってたっけ。難聴になりそうなくらいに「赤い飛行船」や「深紫」・「転がる石」なんかを聞かせてくれる店が一番のお気に入りだったけど、だから今こんなにジェットの轟音に惹かれるんだろうか。
「選んでくれたら掛けますよ」
 マスターがせっかくこう言ってくれるので、ボックスの中をあれこれと掻き混ぜる。選んだ曲は「友よ」うん、思いっ切り「全共闘世代」のもので、かつて東大安田講堂が学生達によって占拠され、機動隊との激しい攻防の後に陥落する際、学生達が歌っていたといわれる曲だ。自衛隊員と飲むのに相応しくないとも思えるチョイスだけど、へそ曲がりのぼくは逆説的に敢えて選んでみた。
 ぼくらの世代って言うのは、こういった「全共闘世代」が暴れ回った後の政治的に去勢された世代で、政治の話をするなんて奴は、極端にいえばそれだけで危険視されるような時代だった。だからって結論付けるのは極論なのかもしれないけど、まあ政治に関心が薄れた人間に育つのは当たり前だし、今日の投票率の低下に繋がっているんだとぼくは思っている。
 話が脱線したんでまた元に戻すけど(こんな時には閑話休題って言えば良かったんだっけ?)この「友よ」っていう歌、地下で細々と活動を続けている人たちには申し訳ないけど、ぼくの心情的にはまさに今の自衛隊員に捧げる歌に思えてならない。これまでさんざん憲法と政治の間に生まれた私生児なんて言われて、色んな人たち(主にテレビの向こう側や活字の向こう側にいた人たち)からいじめられてきたんだけども、防衛庁から防衛省になって、今や具体的に9条の改憲の話まで出てきている。左の方の思想を帯びた教師から「〇〇くんのお父さんは、自衛隊という悪い組織にいる人です」なんていう、お前になんぞ人権を語る資格は無いわ~!!と喚きたくなるようなとんでもない話が伝説?として残っているくらい、これまでの自衛官は肩身の狭い思いをしてきているわけだから、今こそ大きな声で叫べばいい「夜明けは近い」って。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴24

防府北基地航空祭 その2  

 今回予約したホテルは2月にもお世話になった所で、まあ相変わらずの平日3900円と爆安ぶりだ。入るなりシャワーを浴びて、ベッドで手足を目一杯伸ばす。今夜の飲み会は、翌日の航空祭でのフライトを控えた教官が多いので、17時と少し早いスタート。場所はメインの通りから少し脇道に入った、うーん香りで判る少しお高そうなお店だ。
「山口ではけっこう鱧がとれるらしいんですよ、これまでは京阪神へ出すのが多かったんだけど、何とかこれも名物にして売り出そうという動きがあるみたいで、だから今日はこの鱧のコースを頼みました」
 DIさんがさらりと今日の料理を紹介してくれたけど、仲居さんも付いてくるような店で、う~んもう少しちゃんとした恰好で来れば良かったかも。
 人数はぼくらも含めて15人くらい。前にDIさんと一緒に高知を襲撃してくれたHSさんがお世話役で、集まったメンバーを見渡すと、その中に301飛行隊出身でブルーインパルス新メンバーのギャランさんの姿もあった。Kゾーさんの時もそうだったけど、ギャランさんのことも硫黄島移動訓練のDVDで、お茶目な姿も含めて散々見せてもらっているから初めてのような気がしない。ひょっとしたら皆さんの気持ちを越えて、勝手に打ち解けたつもりになって迷惑かけたかもしれない。
 ところでKゾーさんといえば、明日の航空祭で、F-4の2番機として飛んでくれるらしい。DIさんは「この前予行で飛んだんですけどね、ちょっとやんちゃが過ぎるんで、もう一回やったら注意してやろうと思っていたら、案の定来たんで『このやろーてめーいい加減にしろ』って怒鳴ってやったんですよ」なんて笑ってた。ぼくとしては、そんなやんちゃは『熱烈大歓迎』なので、どうかこればっかりはDIさんの言うことなんか聞くことないから、無類のやんちゃ振りを見せて欲しいって願った。Kゾーさん明日期待してまっせ!!なんてね。だいたいこんなこと言っちゃあ何だけど、これまで散々DIさんの『やんちゃ話』を本人から聞かせてもらっているのに(まあDIさんも幹部としての立場があるのは判るけど)説得力も何も無いよね、いや悪口じゃなくて良い意味での『男の心意気』なんて部分で。
 男の心意気って言えば、井Uさんが
「明日T-7の10機編隊で飛ぶんですよ。この10機っていうのは他じゃあたぶん見られない、うちだけじゃないかと思うんですけどね、自分この4番機で飛ぶんですよ。4番機って分かります?編隊のど真ん中なんですよ。他の機はね、右なり左なりに逃げ場があるんですけども、自分どこにも逃げ場が無いんッスよ。これって自分に『死ね』って言ってるのと同じようなもんです。だから自分、明日は死んだつもりで飛ぶんでしっかり見といて下さい」
勿論冗談なんだけど、確かに10機が編隊を組むとあのど真ん中は厳しいだろうな。これまで考えもしなかったけど、特にプロペラ機だと機体が軽い分、風の影響を受けやすいっていうことだし、井Uさんの気持ちになればとんでもなく神経を磨り減らす場所なんだってことがよく解る。こんな話を聞いてしまっちゃったから、この後は井Uさんに酒を注ぐペースが遅くなってしまった。まだまだぼくも甘い?
 甘いっていえば今回の飲み会での紅一点、W辺さんのこと。オープニングで飛んだ後で『後席は女性パイロットでした』なんて他の人のページで写真が紹介されたりしてたんだけども、おでこの広い聡明な、それはもうべっぴんさん。どうして正面からの写真を載せないんだ、とかちょっと文句を言ってみたりして。その美しさを具体的に語るのは難しいけれど、この教官なら厳しい言葉で指導してもらいたいなんて、少しだけぼくの中に眠っているMの血が騒ぎだす感じ、って言えば何となく分かってもらえる?かえって分からなくなる?ああそうだ、少し香椎由宇に似ている。ひっちさんだかが聞いた話では、飛行機が恋人の独身だとか。ただ残念なことに8月の異動で他へ移られるとのこと。
 異動って言えば、A樂さんだ。これまで「後で聞けばいいや」と思っていて、ふと気が付けばいつも酔いたくっていて、中々聞けなかった電話番号をと今回やっと聞くことが出来た。メールも聞いたんで、美保に転勤しても連絡をつけることができる。転勤のお祝いってわけでもないけど、自作の『べろべろの神様(ベク杯)セット』(うん、らしくもないけど、陶芸らしきこともするんだ)を渡すと、まあやはりっていうか当然っていうか早速人数がわらわら集まって、DIさんが後ろでイヤ~な顔をしているけど気にせずに、焼酎でガンガン飲み始める。少しでもA樂さんの思い出になってくれれば幸いだけど。

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