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続・亡霊(ファントム)たちの宴05

瀬戸内の潮風は…(その2)

 むかし日本を訪れた中国のお偉いさんが、こう言ったらしい。
「日本にも大きな河があるんですね」
 信濃川、利根川、長良川?ましてや四万十川のことでもない、いや、本当は川ですらないんだ。
 そう、川ではなく瀬戸内海。誰だか知らないけど、でっぷりとしたお腹を揺らす姿が目に浮かぶ。車の窓から僕は、ぼんやり とそんなことを考えながら、寄せ波も引き波もない砂浜を見ていた。車から降りていって、手を水に浸けて舐めてみればはっきりするし、何よりも日本人なんだから、いちいちそんなことを確認しなくても疑う余地はないのだけれど、どうしてだかこの時の僕の心は、誰とも知らない中国人の気持ちに寄り添っていた。僕らの知っている海とのギャップが、こんな気持ちにさせていた。
「むかし来た中国の偉い人は、瀬戸内海を見て、日本にも大きな河があるって思うたがやって」
 僕は所在なさからぽかんと、運転しているKHにこう言ってみた。
「えっ、何やって?」
「うん、だから瀬戸内海って河みたいやねって」
「なんな、ああ、そうやね」
 天気は上々で、穏やかな海面にざわめきを起こしているのは、風だろうか、小魚の群れだろうかって眼を細めてみたけども、きらきらと瞬いている波面を見ているうちに、そんなことはどうでもよくなってきて
「定年したら、瀬戸内に住むがもありやね」
なんてことをうそぶいてみると、海辺に沿った道路から見渡せる海水浴場には、もう夏の盛りを過ぎたっていうのもあるけれど、子供がちらほらしているだけで、期待した水着のおねえちゃんの姿は皆無で、2人を大層がっかりさせた。

P1000069P1000077_2 陸奥記念館に行けば、陸奥の総てが分かるっていうものじゃあないってことは最初から思っていたから、展示物を見て、ビデオを見ての内容に特に不満は無かったけれど、建物の外の少し離れて高くなった場所に、戦艦陸奥の艦首部分、副砲、スクリューなんかがあって、そこには「←方向約3km」とか陸奥の沈んでいる場所を示す板も設置されていたりして、これらが何で記念館と一体になっていないんだろうと不思議に思った。
 今日みたいに天気の良い日なら、屋外でも潮風も気持ちよく見ることが出来るけれど、雨が降っていたりしたら、せっかくここまで来た人たちの中には、この場所に来ない人も居るんじゃないかというのは、大きなお世話なんだろうか。多くの人たちがここへどういう気持ちで訪れるのかよく判らないけれど、僕は少なくともこの場所に「陸奥」っていう戦艦を感じに来ているんだって思っている。感じるためには、屋内の展示物は、引き上げられた陸奥と同じ場所にあった方が直感的に理解しやすい。わがままなのは僕の性分なので、この記念館が建てられた経緯も知らないままに、こんなことを思うのだけれど、展示室が狭くなっても仕方ないから、もっと実物を屋内に移してもらえないだろうかって。もったいないなー。
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 悪口ばかりじゃあいけないから、来てみて発見したこともひとつ。もしかしたら常識なのかもしれないけれど、艦首部分の鉄板が思いの外に薄いっていうことが判ったこと。爆沈した時に空いたのか、その後の長い年月が空けたのか、ぽっかり空いた艦首部分の空洞から窺い知ることのできる鉄板は、数センチくらいにしか見えなかった。まあ、分厚ければ良いってもんじゃあ無いんだろうけど、むかしの戦艦っていうだけで何十センチという鋼板を想像していたわけだ。こんなことは、実際に見てみるのが一番だからね、ほら、むかしからよくいうでしょうが、百聞は一見にしかずって。こんなことだけでも実感できたってことは、僕にとって凄い充実感となって満たしてくれる。どこへいってもそうだけど、多くを求め過ぎると残念な気持ちが多くなるから、それだとつまんないでしょうが。色々と思うことはあるのだけれど、そんなことばかりをお持ち帰りしても仕方ないから、僕は陸奥記念館の思い出として、艦首部分の鉄板の厚さのことを持って帰ることにした。帰ってから皆に話してやるのさ、右手の親指と人差し指を少し開いて見せて「陸奥の艦首の鉄板って、このくらいの厚さしかなかったが。」ってね。

 見るもん見たら、お昼に近かったせいもあるけど、お腹が空いてきた。お土産買いがてらに、途中にあった道の駅へ寄ってみると、魚屋さんみたいなところもくっついていて、そこで見つけました夕べ食べた穴子くん。穴子って前にたまたま釣り上げたこともあったりするんだけれど、僕の中では、大きさとして鰻と同じくらいだって相場になっていた。それがどうだい、ここで見た穴子は、大きいのになると腕回りくらいって言えばちょっと大げさになるけれど、面構えも逞しく水槽の中から睨みをきかせている。どこかで大鰻っていうのを見たことがあるけれど、あれを大ボスとしたら中ボスくらいの大きさか。でも、大鰻は大味で美味くないらしいけれど、夕べ食べた君のお友達は、とっても美味しかったよ。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴04

瀬戸内の潮風は…(その1)

 大酒を飲んだ翌日は、少しだけ反省する。
 二日酔いで反省した人は特に珍しくもないとは思うのだけれども、僕の場合、最近は肉体的な反省よりも、精神的な反省の方が多いような気がして、心に溜まっているストレスとやらを実感するわけだ。こまめに発散するようには心がけているのだけれど、発散しても発散しても次々に補充されるので、てんできりがない。蚊や蠅を撃退するように、ストレス解消スプレーでも発明してくれないだろうか。
 まあ、こんなことを思いながら、広島の朝を迎えた。
 9時くらいに朝寝坊大臣の部屋に電話を架けると、意外なことにスッキリした元気そうな声で「やあ、大丈夫?」とか言いながら出てきた。「何言ってやがんだい、こっちの台詞だよ」とか返してはみたものの、う~ん、やっぱり夕べの僕はハタ目にも大丈夫じゃあなかったんだろうな。でも、もうかなり回復していたので、まあ、それならってわけで早速ホテルを出発した。途中DIさんに電話を入れて、昨夜のお礼方々酔狂のお詫びも言ってみる。DIさんは「いえいえ、楽しかったです」とか言ってくれたけども、次からは酔狂きらないように気をつけよう。…なんてね、多分次に飲む前までは覚えているよ、きっとね。
 広島の朝は、ジリジリと残暑もわきまえずの厳しさで、
「どこへ行っても、夏は暑ちぃね~」
なんて馬鹿をいいながら車を進めると、僕らが住んでるちんけな地方都市とは違って、どこまでも続く市街地が圧倒的な迫力で迫ってくる。そして、僕はあることに気付いて絶叫してしまった。
「しまった、原爆ドーム見るの忘れた!!」

 高速道路に乗って山口へと向かう。行き先は、陸奥記念館、周防大島の先っちょの方。陸奥っていうのは、言わずもがなって気はするけれど、昭和18年に周防大島沖で謎の爆発をおこして沈没してしまった「戦艦 陸奥」のこと。華々しい戦果に彩られた船ではなかったが、戦前には国民に親しまれていた戦艦だったという知識と、戦後に主砲塔が引き上げられたとかの報道を何回か耳にしたことがある程度で、写真で見る以外にそれ以上の実感が湧いてこないものだった。
 うっかり実感なんて書いてしまうと、意地の悪い友人なんかに
「じゃあ、実感を伴う戦前の船とかって何があるんだよ」
てな手厳しい攻撃を受けそうだけれども、イメージね、あくまでも。Photo

 高速道路の玖阿ICを降りて周防大島に向かう途中、437号線を走っていて目に付いた物があった。
 ガードレールと屋根の瓦。
「何でガードレールが黄色いがな?」

 四国の太平洋に面したど田舎では、ガードレールといえば白って相場が決まっている、最近になって、何かくすんだような銀色のガードレールが増えてきたけれど、さすがに黄色は見たことがない。
「たまたまやないがか?」
 じっくり見ようとして、KHは何度もガードレールに突っ込んでいきそうになり、その度に僕は色んな神様を呼び出してお願いをする羽目になる。
 そして瓦。見事なまでに、黒い瓦が並んでいる。これだけだと何も変じゃないんだけれど、それが異常なまでにテカテカ光っている。呉へ行く途中の道端の家の瓦は、どれもこれも「赤瓦」で、これも不思議でしょうがなかったのだけれども、ここの辺りの瓦の光り具合ときたら、僕らの感覚を超越していた。陽光を受けて光っているなんてもんじゃない、明らかに普通の瓦の仕上げに透明の釉薬か何かでコーティングしている。光っていないのは、鉄筋造りの建物か崩れかけた廃屋くらいで、こんな光景をずっと見ていたら、見た者じゃないと判らないんだろうけども、いや絶対何でかしら可笑しさが込み上げてくるんだ。きっとあの瓦には、見ているだけでエンドルフィンとか何だかよく判らないような脳内物質が、勝手に吹き出してくるような仕掛けが為されているに違いない。怪しい脳内物質により汚染されてしまった2人は、ケタケタとラリっちまったかのような雄叫びをあげながら周防大島に向けて爆走していった。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴03

PS広島にて

 風が吹いてくれたせいか、心配された雨に祟られることもなく、予定どおり見学を終えた僕らは、一路広島へと向かった。
 前に話したように、僕は呉が2回目で、他に尾道へ2回行った他の広島県は知らない。つまり、広島市へ行くのは初めてってことになる。呉を出発する前に、ホテルの電話番号をカーナビに入れると、賢いことにちゃんと今晩の寝床まで案内してくれる。まあ、たまに違ったルートを(たとえば、最短で500メートルくらいの所を、延々2キロくらいかけて案内してくれたり…)教えてくれるけど、まあ所有者がKHだから仕方ないっていうか、最終的に目的地に到着できるからKHよりも遙かに優秀と言ってあげなくっちゃあいけない。

 ホテルは、会社の提携か何かで作った(勝手に作られた?)カードを初めて使ってみた。割引後の値段が、シングル1泊2500円なら上等じゃないかと、貧乏人2人はニコニコする。DIさんたちもこの近くにホテルを取ってくれていたので、シャワーを浴びて少し休んでから繁華街に近いDIさんのホテルに向けて出発し、合流したあとブラブラと歩き始めた。何を肴に酒を飲もうか、あれやこれやと花が咲く。広島お好み焼きで飲むビールも、本当に棄て難かったのだけれど、やっぱり瀬戸内の刺身も食ってみたいなという誘惑には勝てなかった。
 ここで判明したのが、4人ともに広島市内の飲み屋を誰も知らないと言うこと。でも大丈夫、今はフリーペーパーという画期的なアイテムがある。実はホテルを出る時に、隅っこに立て掛けてあったのを、ちゃんとゲットしていた。僕の地元のフリーペーパーを思い出しながら、どの店が美味そうか勘を働かせる。どこもそうだと思うけれど、だいたい当たり障り無い程度の店が並んでいる筈だ。と、信じて1軒の居酒屋を選んだ。

 時間はまだ6時になっていなかったけど入り口は開いてたから、だめなら追い出されるだけさと構わず入っていく。僕らの決意に畏れをなしたか、つまみ出されることもなくちゃんと席に案内してもらった。
 とりあえずと手当たり次第に頼んでみて、待ちかねている喉に「カンパーイ」とビールを流し込む。
「う・うみゃ~い」
 さあさあと、ピッチが早いが気にしない、どんどん飲んで行く。じきにデデーンと刺身盛りが届き、歓声があがる。640480
「いや~、生のシャコは初めて食べました」
 DIさんが目を丸くしている。僕は生の状態のシャコを見るのが初めてだった。知識としては、シャコって言うのは「オケラ」の親玉みたいな格好をしているのだ、っていうことくらいは知っている。しかし馴染みのあるのは、僕が時々行く高級寿司屋さんで、茹でられた?状態で、お皿にのって回ってくる姿の方だ。頭をつまんで、尻尾の方から醤油に漬けて、ドキドキしながら食ってみる。うん、仄かな甘みがなかなか上品で、瀬戸内とは思えない小癪な奴だ、褒美を取らせよう。
「頭は後でおみそ汁にしますから、別に置いといてくださいね」
 お店の人が更に畳みかけてくる、シャコの頭から出たみそ汁のダシの妄想が頭一杯に広がって、よだれが止まらない。
 次にシャコの横にあった白身の刺身をつまんでみる。くせのない、でもこれまでには食べたことのない味だった。
「これ何?」「あぁ、それは穴子です~」「あ・アナゴ~?」

 訊いてみたけど、やはり僕の得意な高級寿司屋さんで、茶色いツメをたっぷりと塗られてクルクル回っている、あの穴子くんだった。写真で言うと、向かって左にシャコが居て、その右側が穴子くんの刺身だ。
 珍しい肴で飲むと、酒が進むよね。DIさんが悩み抜いて選んだ日本酒がフルーティで、これまた岩ガキにピッタリとくれば、冷用酒は危険だと知っていても止まらなくなる。店の人も、僕らが殊の外上客かもしれないと思い始めたのか、冷用酒(ジャパン)が無くなる頃合いを見切って、間髪入れず次の注文を取りに来る。
 冷用酒の恐ろしさは、熱燗と比べてその口当たりの良さから量をたくさん飲んでしまうこともそうだけれども、本当の恐ろしさは、飲んだ後腹の中でお燗されることにある。つまり、熱燗なんて燗している間にある程度アルコール分が抜けているんだけれど、冷用酒の場合アルコール分は全部残ったままで体に「ヨロシク」って入ってくるわけだ。しかも、熱燗に比べて酔いの回りが遅い(ような気がする)分、この夜みたいに飲むピッチが早いと、酔っ払ったと気付いた時には大量の冷用酒が体の中で大運動会を始めているのだ。
 このままだと危険なので、途中から芋焼酎を瓶で注文して、気付くとその焼酎も空になっていた。僕は2人の現役相手に「三島由紀夫はぁ~」とか「イージス艦事故はぁ~」とか酔狂を切っていて、KHはと言うと、すこぶる上機嫌に意味不明の独り言を続けていた。結局日付が変わるまでこの店で飲み続けたのだった。最後の方にお店の方から「サービスです」とか言って何か持ってきたのは覚えているけれど、何を持ってきてくれたのかなんて覚えちゃいないから、もうぐだぐだに酔っ払っていたに違いない。DIさん、Aさんごめんなさい。それにしても、6時間以上たらふく飲んで食ってして、4人で4万円を超えていなかったのは、何という奇跡、良心的な店なんだろう!!

 ここだけの話だけれど、DIさんがトイレに離れた時にAさんに訊いてみた。
「学生時代、DIさんって怖かった?」
 Aさんはコクコクと頷いて、一度トイレの方を見た後で
「今でも一緒にいると、背筋がシャンとするくらい緊張します」
と笑った。うーん、TACネームに偽り無しってところか。

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