続・亡霊(ファントム)たちの宴06
YAH!YAH!YAH!鬼教官がやってくる!!(その1)
話は少し遡って、2008年10月23日の昼休みのこと、僕の携帯が「時代の風-人が人でいられた時」を奏でて、赤い飛行機に乗った豚がメールを運んできた。ちょうどラーメンを掻き込んでいた時で、危うく鼻に逆流させそうになって辛うじて踏み止まり、2~3回軽くむせたのを整えてから見てみるとD I さんからだった。
『ところで、鰹ツアーですが11/15~16で考えております』
来る。防府の鬼が予告どおりに鰹を食べにやってくる。
その後、続々とメールが届き、防府からの陣容が明らかになってくる。海を渡って攻めてくる鬼の陣容は、合計6名。D I さんは勿論のこと、前回広島で一緒に飲んだA楽さん、そして元302SQ飛行班長でD I さんの先輩になられるT I さん、元CH-47の魔術師こと井Uさん、元301SQにして美食家のHSさん、唯一学生であるD々さんという顔ぶれ。一方迎え撃つ当方は、これまで遠征に参加した8名に声をかけるも、先ずK内くんが仕事の都合がつかず不参加。沖縄に参戦したY田係長が前日徹夜の仕事が有るとのことで不参加。ぬりかべこと中Gくんは土壇場まで前向きに抵抗するも、あえなく不参加。6名の鬼たちに向かって5名の迎撃部隊は、あまりにも心細かったが、更に追い撃ちをかけるように前日になって、新田原ファーストメンバーのKMくんが「カゼでどうしても熱が下がらんので、スンマセン」と悲しい声で電話を架けてきた。これでとうとう4対6となったが、内ひっちさんは限りなく下戸ときているから、戦力として頭数には入れられない。いくら地の利があるとはいえ、圧倒的不利な状況は否めず、僕はあの忌まわしい「やすらぎの悲劇(亡霊たちの宴014参照)」を覚悟した。
11月15日、朝1番に来たメールは、防府の鬼御一行さまがバイク3台乗用車1台に分乗して無事フェリーに乗り込んだというもの。そのまま松山に上陸した後ルート33をひたすら南下しても、こっちに到着するのは早くて午後2時前後か。頭の中では突撃ラッパが鳴り響き、睡眠時間は十分、体調もすこぶる良いと自分に言い聞かせ、及ばずながらも臨戦態勢を整える。
待ち合わせたお城の北側に現れた「防府の鬼御一行さま」は、当初妄想していたような荒々しい顔つきではなく、むしろ穏やかな人たちばかりで、出迎えた僕を安心させた。(いや、待て。これが鬼たちの手口なのかもしれないぞ)
本当はこの後、桂浜に行こうと考えていたのだけども、ちょうどというか何というか、この日は、あの坂本龍馬先生の誕生日にして命日だったわけで、桂浜ではそれなりの混雑が予想され、今から出掛けても駐車場に入れるのに時間がかかり、すぐにトンボ返りってことも有り得る。そこで「防府の鬼御一行さま」には何とか諦めて頂いて、そのまますぐ横のお城を一通り案内したあとで、反対側にある「よごれ市場」こと「ひろめ市場」に誘い込んだ。
ここで彼らの顔つきが変わっていくのに僕は気が付いた。しまった。
この場所が持つ独特の魔力により、鬼たちがその本性を現し始めたのだ。早速目についた肴を買ってきてパクつきながら「あ~、このままビールを飲みて~!」と叫ぶ者、全員の心に火をつけてしまい、すっかり臨戦態勢に突入させてしまった。この反応の良さから判断しても、相当な実力者(酒豪)が揃っている模様。でもまあ、火に油を注ぐ結果になったことはもう取り返しがつかないから、腹を決めてその先の大橋通の商店街なんかも案内する。やはり鰹がお気に入りで、自宅用に・防府での宴会用にと配達を依頼していた。観光としては、十分ではなかったのだろうけども、お土産も調達出来たってことで何とか許してもらえるだろうか。できれば、こちらでの滞在時間をもう少し多く取ってもらえたら(せめて、10時くらいに到着とか、翌日夕方まで滞在とか)納得のいくコースを構えることができたと思うので、それが残念。皆さん次回来られる時は、できれば2泊して下さいね。

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