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続・亡霊(ファントム)たちの宴12

ニイタカヤマノボレ1207

 目覚ましにかけていた各人の携帯電話のアラームが、あちらこちらで一斉に鳴り始める。スコンと晴れ渡った新田原の空を見上げながら、大きな背伸びをする。宮崎へ初めて来てから5年連続の好天に感謝。体調もすっかりとまでは言えなくても、今日一日くらいなら大丈夫な感じ。宿の食堂へ行き、生卵をくちゅくちゅとかき混ぜて醤油を垂らし、熱々のご飯に流しかける。腐れ豆(納豆)のパックを向かいのK内くんに押しつけて、焼きシャケ(サバだったっけ?)をつつき、味噌汁をすすると一気に内臓が動き始める。
 -さあ野郎ども、出動だ。

 色々と知恵を働かせて、渋滞の道を避け正門の方に回り込む。よしよし、無事に入れたぞ。車を駐めてポクポク歩いていく。航空祭の会場であるエプロンを歩いていて違和感を感じた。何だろう?ああそうか、今年はエプロンに売店が並んでいないんだ。
 こうしてみると、新田原の航空祭も毎年何かが変わっている。
 先ず滑走路の南側に入れなくなって(ついに行かず終いだったけど…)次にエプロンに並んでいた売店の内容が貧弱になってきて(ような気がする)毎年飛行隊のTシャツを買うのが楽しみのひとつだったのに、去年あたりからすっかり姿を消していた(ぼくの捜しようが悪いだけかも知れないけれど…)今年に至っちゃあ、301関連を扱っている店などホンの少しで、かろうじてケロヨンのトレーナーを手に入れたに留まった。
 でも、実物の今年のファントムはゴキゲンだった。
「昨夜はご一緒出来なくてすいませんでした」
 隊の廊下でバッタリ出会ったZTさんが
「今年のF-4の機動飛行は、15にも負けないくらいグリングリンいきますから。期待していて下さい」
と話していたが、本当にそのとおりだった。
 隊長がイケイケなのか、今年のライダーが特にやんちゃだったのかは判らないけれど、この何ヶ月か前の他の催し会場でも、N川・ひっち両名がファントムのイケイケ超低空飛行、やんちゃぶりを目撃している。
「いつもより、多く回っています!!」
 空からそんな声が聞こえてきそうな飛びっぷりで、話に違わずグリングリンいっていて、とても用廃が始まったとは思えない。その姿からは、若々しささえ感じられる。「まだまだ、あと10年はいける」こう無責任に言おうとして、ふと思うことがあった。下から眺めているだけの自分から離れて、上で舞っているライダーたちの気持ちになってみた。

「翼っていうのは、飛行機にとってどうしても必要なものって思っていません?翼が無いと空に上がることができないって…。でもね、F-15っていうのは、翼なんて必要のない飛行機なんですよ。まあ、安全に曲がったり着陸したりするのに要るから仕方なしに付けてるみたいなもんでね、エンジンのパワーだけでどこまでも昇っていけるんです、燃料が尽きるまではね。その点うちのF-4はパワーが無いから、手前から勢いをつけて、せーので行かないと昇っていかないんですよ」
「あのな、この前F-2やらいうもんに乗ってみたんやけどな、ありゃほんまゲーセンやな。操縦桿なんか(といって右手を右斜め前に出して)こんなところにあんのやで。ほんで力なんかゼンゼン要らんのや。F-4のつもりで捻ったらやな、ガー曲がりよんねん。あんなんに乗ったら、アホらしいてF-4乗ろうなんていう奴出てきぃひんようになるわ」

 かつて話してくれたライダーたちの声。今の飛行機に対する憧れや嫉妬も当然含まれていて、弱音のようにも聞こえるけれど、でもその実、F-4をそんな飛行機にも負けないように飛ばせようとして日夜格闘しているぜ、っていう自負が感じられる。もし、新しい飛行機に白旗を挙げてたとしたら、先の話なんて絶対にしないと思う。
 つまり、上空で他の飛行機に負けないように飛んでいるファントムの中でライダーたちは、他の飛行機の何倍も汗やら涙やらにまみれて訓練し、そして今も何倍も苦心しているんだということ。でも、そんなことをおくびにも出さず、彼らは舞い、そして涼しい顔で戻ってくる。
「やる気・元気・負けん気…この3つがあったら、どんな相手でも何とかなるもんですわ。」
 飛行班長時代のEMさんから聞かされた言葉が、彼らの原点。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴11

亡霊たちの宴2008 その2

Em 時間は少し前後するけれど、飲み会が始まって少し遅れてEMさんがやってきた。春日基地から新田原に戻ってきていたものの、飛行隊勤務ではないので色々とストレスを溜め込んでいるのか、髪に白い物が多くなってきた。EMさんにはファントムがよく似合っている。それだけに、早く飛行隊長で戻って来て欲しいと思うのは、ぼくの独り善がりじゃあない筈だ。酒を注ぎにいった時、飛行隊長の話は無いか、さり気なく訊いてみたけども
「そんな話、全くありまへんわ」
と、残念な即答。まあ、元気にお酒が飲めるっていうだけで良しとして、この話はいつかの楽しみにとって置かなくちゃね。
Photo_2 EMさんの隣に座っていたのが、元ブルーインパルス飛行班長のAMさん。4年前、初めて「旧302飛行隊会」へ乱入させてもらった時に会って以来の懐かしい顔。初めて会った時には、凄みが前面に出ていて(酔っていただけ?)ゆっくり酌み交わすことが出来なかったけれど、今回は少し丸みを帯びた雰囲気(まだ酔っていなかっただけ?)で一緒に飲ませてもらうことができた。
 今年の奇跡は、1次会でだれも轟沈しなかったこと。おかげで2次会に呼んでもらうことができた。しかし、これがDIさんの仕掛けたトラップだということに気付く者は、ぼくらの中にはだれも居なかった。
 

「だからさ、失敗したことは本人が一番よく分かっているんだよ」
 連れて行ってもらった2次会のスナックで、PYさんが神妙な面持ちでAMさんの話を聞いている。そこへトイレを済ませて通りかかったぼくが乱入する。PYさんがぼくの肩に腕を回しながら
「このAMさんは、本当にスッゲぇんだから。もうホント!神様なんだから」
って説明してくれる。ぼくにとっては、4年前の初対面の他はJ○ィングとかの本に紹介されている姿でしか知らないAMさんなんだが、PYさんの姿を見ているとその人柄が想像できる。世間一般的な話をすれば、もう十分にオッチャンの部類に入るPYさんなんだが、それがもうAMさんの前では、母を訪ねて何千里でやっと母親に出会えたマルコみたいにウルウルしている。ただ単に操縦が上手いとかだけの人なら、こんな風にはならないはずだ。
「そこでさ、本人に気付かせるように考えさせるわけさ。こんな時、お前は右に切るのか?左に切るのか?とか。じゃあ、何で左を選んだんだい?って」
 ぼくのような凡人が、AMさんの意を汲んでここに表すことは難しいけれど、語り口はものすごくソフトで、その風貌も相俟ってジャン・レノ(褒め過ぎ?)を彷彿とさせる。こんなチャンスは二度と無いかもしれないので、ぼくもしばらくの間このAM教室の臨時学生を決め込んだ。
 それからしばらくしてのこと、あちらの席こちらの席とフラフラ渡り歩いているうちに「K内くんは大丈夫かいな」と言われて見回してみる、姿が無い。トイレの前には、301の若い隊員さんが付いてくれている。どうやら「お籠もりさん」になっているらしい。それから少しして無事の姿を現したので、安心してまた宴会は続く。ぼくも自制してきたつもりだったけど、それなりに量が入ってすっかり幸せになっていた。お開きになった時、K内くんはまたお籠もりさんになっていたが、この時もぼくはまだ何も気付いていなかった。

Photo_3「K内くんは、私が殺しました」
 宿に戻るタクシーの中、DIさんがボソリとこう言った。
「えっ!」
 そしてぼくは、総てを理解する。DIさんが高知襲撃に来た2回とも、K内くんは仕事の都合がつかなくて参加できないでいたのだった。もちろん悪気があったわけじゃなくて、たまたま巡り合わせが悪かっただけなんだけれど、だからDIさんはきっと心に決めていたんだろう。「今回の飲み会では、K内くんを殺す」ってね。
 これはDIさんの愛情の裏返しで、わざわざ殺して貰えた(だって、どうでもいい奴をわざわざ酔い潰したりなんて面倒なことしないからね)K内くんは果報者だなあ、なんてことを考えながら、楽しかった宴は夢の世界に溶け込んでいった。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴10

亡霊たちの宴2008 その1

P1000107  基地見学を終了後は、お待ちかねのお昼ご飯。いつもの「お〇さかや」でチキン南蛮定食を食べる。初参加のY田さんは、洗礼としてチキン南蛮定食の大を強制的に注文され、その大きさに声も出なくなっていた。必死になって挑戦していたが、最後はギブアップして、K内くんに一切れ助けてもらったけど、まあ儀式は無事終了。後は宿のチェックインまでの時間を利用して温泉に浸かり、いつもどおり休憩室でゴロゴロする。
 ここで少し気を抜いたのがいけなかったのか、あちこちの関節に違和感を感じるようになった。念のためにと用意していたアンプルの風邪薬と栄養ドリンクを流し込み、チェックインの後、飲み会の時間まで部屋で布団にくるまって、ひたすら体力の回復を図る。昨夜からフェリーの中で1時間くらい寝ただけだったので、案外簡単に眠りこける。そして、自分のイビキで目を覚ますと周囲は暗くなっており、あれから約2時間が経過していた。体調の方は万全ではないにせよ、自制していけばこれならまあなんとかなるという感じ。ほっぺたを2度両手で叩いて気合いを入れた。

「いやぁ、〇鮮征伐見事に失敗しました。こてんぱんにやっつけられました」
 店を知らないぼくらのために、宿までタクシーで先導しに来てくれたDIさんと合流する。今年の会場は「あ〇のや」という西都市のお店。宮崎って言えばやはり地鶏だろう、といった店で、地鶏鍋や地鶏の刺身なんかが並び、料理の前に座るなりぼくの腹は鳴りっ放しの状態が続く。
「あひ、あひ…」
 乾杯の後、早速地鶏鍋をいただくと、声にならない音が喉から浸みだしてきて、ふうふうと冷ますのももどかしく腹の中に納める。次に地鶏の刺身を食べると、これがまた何とも言えない美味さ。胃袋の中は、熱々の地鶏鍋とヒンヤリした地鶏の刺身とが大騒ぎの状態。
「なかなか挑発的なトレーナーですね」
 ぼくが着ていた「尾白鷲」のトレーナーを見て、何人かがこう言った。もちろん冗談なんだけど、そう言えばと思って見回してみると、今年はいつもと顔触れが違っている。BMさんやZTさん、IIさんなどの顔が見えない。しまった、今年は「旧302飛行隊会」ではないみたいだ。今年もいつもどおりだろうと思い込んでいたから、いやぁ~、失敗しっぱい。
 ビールがひと回りして、ぼくらの日本酒が披露されると、皆が早速手を伸ばしてくれる。
「あ~、さっぱりして飲み易いスね」
「でも、度数に気を付けて下さい」
 えっと言って、20度と書かれた一升瓶のラベルを覗き込んだPYさんの姿にぼくは満足し、下手な焼酎並みですからと付け加えた。
 ダバダ火振は、K内くんがDIさんにと買ってきたものだったが、それをKゾーさんが虎視眈々と狙っている。
「一杯だけだぞ」
 こう言ってグラスに注いでもらうが、すぐに空いてしまい、DIさんが話し込んでいる隙を狙ってこっそりと手を伸ばす。
「あっ、こら、お前一杯だけだっていったろうが」
「いや~、他の人に飲まれちゃって…」
 とか言って、Kゾーさんはダバダをもう一杯ねだる。

 今年の飲み会で嬉しかったことのひとつに、ぼくと同姓同名(名前の漢字は違うけど)のCYくんが来ていたこと。去年の夏に配属になったと、DIさんからメールで教えてもらっていたけれど、その年の飲み会には参加していなくて、いつかゆっくり飲んでみたいと思っていたから、願いが叶ったわけだ。
 彼がぼくと根本的に違うのは、ぼくのように大酒飲みじゃあないこと。
「あまり酒は強くないんですよ」
 極めて真人間。将来有望なのは良いのだが、同姓同名としてはちくと物足りない。無理強いしてはいけないけれど、次の機会が有れば班長さんに許可をもらって徐々に仕込んでいこうか(越後屋笑)

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続・亡霊(ファントム)たちの宴09

2 エンヂンの音轟々と

 平成20年12月5日深夜、南国ICに集結した5名は、一路宮崎へと出動した。ぼくの一抹の不安は、昨夜から少しだけ風邪の予兆があったこと。でも、ここまで来てそんな泣き言を言うつもりもなく、男は気合いだ!!風邪なんか気合いで治る!!と自分に言い聞かせて、腹に力を込めた。八幡浜でフェリーに乗船し臼杵へ。そして深夜の国道をひたすら宮崎へと向かう。今ではもうすっかり見慣れた風景となった新富町へ着いたのが午前8時ころで、さすがにこの時間だと開いている喫茶も無い。午前10時から始まるブルーインパルスの予行までの時間つぶしのため、ふらふらと西都市内を彷徨っていると、偶然ファミレスを見つけたのでとりあえずここで朝飯にした。
 午前9時になるのを待ってPYさんに電話を入れる。基地正門で待ち合わせ、そこへ向かうとPYさんに加えてDIさんが居た。挨拶の後でDIさんは「ちょっと〇鮮攻撃に…」と言って自転車で出撃していった。ぼくらはPYさんの後ろに続いて飛行隊へと向かう。途中、ファントムの展示機第1号となった360号機が見えた。ぼくがコクピットに座らせてもらった最初のファントムだ。中身を抜かれて、もう飛ぶことは無いんだという寂しい気持ちと、この先もここへ来ればいつでも会えるんだという安らぎが交差する。この先、次々と退役していく機体があるんだと、考えるだけで寂しくなる。日本の空に君臨して30年以上を経過し、初飛行から考えると、ぼくよりも先輩にあたる機種だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
 そうこうしている内に飛行隊の裏の駐車場に着く。今晩用にと酒と鰹を渡していると、えらい勢いで突っ込んできた影
「こ・この酒は、レモンハートにも取り上げられた、まさに伝説の…」
こう言ってダバダ火振を抱え込んだのは、平成20年春の硫黄島訓練DVDで見たKゾーさん。もう今にも頬摺りしそうな雰囲気で、目がハートになって揺れている。実はぼくもあのマンガ好きで全巻揃えている。今晩はレモンハートの話で盛り上がろうか。

「少し寒いですけど」
 連れてきてもらった場所は、管制塔のある建物の屋上。ここへ来るのは初めてだった。そう言うと、PYさんは「そうだったんですか」と少し意外そうな顔をして、まあお願いしていればこれまでも連れてきてもらえたのだろうけど、何ていうかぼくの方も、この場所にどうしても来てみたいって考えなかったし、他に色々とお願い事が有ったりして、あまりワガママな事を考えないようにしてたわけだ。ところがどっこい来てみて分かったけれど、ここって屋上だから(管制塔は別にして)他に遮る物が何もない(当たり前か)つまり、それまで建物の陰からいきなり襲われっ放しだった、見えなかった部分がきれいに見える。要は、ブルーインパルスを見たりするには恰好な場所だったって事。キラキラと輝く冬の光に包まれて、ぼくはポカンと口を開けたまま1時間近くを過ごした。
 ブルーインパルスの予行飛行が終わると格納庫に案内され、明日の展示機を見せてもらう。航空祭当日には絶対に無理だから、これ幸いとコクピットに潜り込む。
 389号機
 ガキっぽいけれど、360・355号機に続いて3機目制覇(^_^)v
 そして、基地の売店で職場などへのお土産を先取りして買い込んだのだけれど、出た所に素敵な催し場があることに気付いた。
 観光地などに行くと、その場所にちなんだ絵を描いたりした大きな看板なんかがあって、そこから顔だけ出して記念写真を写したりするっていうやつ。これのファントム版。芸の細かいことに、顔を出す部分のヘルメットだけは立体になっていて、写真にしてみるとかなり雰囲気を出している。インチキ臭いけど404号機、無理矢理これも入れて4機目制覇?(笑)

   
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続・亡霊(ファントム)たちの宴08

新田原基地航空祭2008

1宮崎へ続く道

 DIさんからの「高知殴り込み予告メール」を貰ったころのこと、
「今年も航空祭が近づいてまいりました。ご都合がよろしければ今年も来基していただき、親睦会を設けたいと考えております。是非のお越しをお待ちしております!」
との涙がちょちょぎれそうになるような、嬉しいメールが舞い込んできた。
 送ってきてくれたのはPYさん。
 301飛行隊からEMさん・DIさんがいなくなり、今年の「旧302飛行隊会」への乱入は難しいかなと思っていただけに嬉しさは一入で、早速お礼と、ぜひ参加させて頂きたい旨の返事を送る。
 新田原出動の準備が、DIさん率いる「防府の鬼」ご一行様のご来高と重なるため、仕事も併せて少し忙しくなるけれど、こんなことは苦でも何でもない。顔はもう緩みっぱなしで、お正月を前にした子供のように、指折り数えて毎日を過ごした。

Photo 今回のメンバーは、3年連続となるN川さん・ひっちさん・K内くん。そして昨年夏、那覇基地へ一緒に出撃したY田さんが加わり総勢5名、過去最高の人数になってしまった。いくら歓迎してくれてはいても、こちらからの人数が多くなり過ぎると、受け入れてくれる側も色々と手配などで大変だろうと、これまで極力人数を抑Photoえてきたのだけれど、メンバー皆やる気満々で誰も辞退者が出なかったので、飛行隊の皆さんに負担がかかるのは承知で何とかお願いした。来年からは、もう少し少人数にしておかないと、嫌われたりしたら悲しいからね。
 宴会の場所はまだ未定。恒例になっていた基地正門近くの居酒屋さんは、体調が戻らないようで依然休業したままになっているとのこと。まあ店の選定は、301飛行隊の皆さんに任せておけば良いのだから心配ないのだけども、これまでのように、地酒や肴を自由に持ち込むことが出来るかどうかが不安の種だった。

 持ち込みOKの返事を貰ったのは、12月に入ってすぐのこと。地酒はまあ、今回の飲み会で飲めなくても、渡しておけば飛行納め会か何かで飲むことができるから、それでも良いかと手前から「何にしようか」とか考えていたけども
「今年の原酒を絞るのは、10日くらいを予定しています」
って言っていた酒蔵さんに、実はこれこれこうだから何とかもう少しだけ早くならないだろうかとお願いしていたところ、ぼくの熱意が通じた訳でもないのだろうけど
「12月3日に瓶詰めしますから」

という返事をもらった。急遽持って行く酒を変更して、これにK内くんが「ダバダ火振」を仕入れてきて、これで飲むならやっぱり肴は鰹だろうなということで、肴の方も無事決まった。見栄えで言えば、やはり鰹丸ごと1本持って行った方が良いけれど、持ち込まれたお店の方が困るだろうからと、頭を落として半身をタタキ用に焼いてもらうことにした。
 丁度そこへPYさんからメールが入る。
「たった今、T-7でDIさん到着」
 経路も宿もいつもどおり。宿については8月の末だったか9月の始めだったかに、メンバーさえ決まってないうちに電話を架けて予約してある。ただ押さえている部屋が1部屋だけなので、通常4人の布団を敷くのが一杯の部屋へ、無理矢理5つ敷いてもらうようにお願いをした。一応このことは皆にも話してはいるのだけども、やっぱり狭すぎるから、来年は4人体制で出動することにしよう。毎回狭いと、そのうち文句のひとつも出るだろうしね。
 準備は着々と進んでいく。風向き良し、総てが順調、後は出動するだけだ。

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