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続・亡霊(ファントム)たちの宴25

防府北基地航空祭 その3  

 今回の飲み会で聞いておこうと思ってた、どうしても気になってたことがある。今年の戦競でF-4がオープン参加になったってことだ。代わってF-2部門になった?んだけども、このまま出てこなくなれば楽しみにしていた戦競塗装機も見られなくなるってわけで、時代の流れって言ってしまえばそれまでだけど、どうにもこうにも残念だし、まだしばらくは現役(F-X問題が長引きそうだから)が続くわけだから、少しでも長く続けてほしいわけだ、愛好者としては。…ということで、頭の中でもやもや考えていても仕方ないので、直接訊いてみた。すると、少しだけ希望の光が差し込んでくるような話が聞けた。要約すると、今年は那覇の部隊が百里に移ったので、準備が間に合わないから301だけのオープン参加ってことになったけど、来年以降どうなるかは未定ということらしい。未定って言葉が気になるが、可能性が『ゼロ』でもないから一応期待しておこう。
 2次会で連れて行ってもらった店は、古いレコードをたくさん揃えた、オジサンのハートを鷲掴みにして離さない場所だった。店の壁という壁、いたる所に懐かしいアイドルのポスターが貼られていて(これがファイターたちの書き込みや写真だったら、昔の「やすらぎ」っぽいななんて思いながら)通路脇には昔のレコード屋さんみたいにシングルレコードをタイトル順に並べたボックスがあり、「や」とか「な」とかインデックスで分けられて整理されている。個人的な理由から(どんな理由だ?)入ってすぐにトイレへ駆け込んだんだけど、真っ正面にはピンクレディの大きなポスター。ミィちゃんとケイちゃんが親指を軽く銜えていて、おねだりポーズでこっちをじっと見ている。う~ん、まずい、まさかこんな所に罠があったとは…(汗)
 カウンターに椅子が並んでいて、ここに腰掛けるようになっているんだけど、こんな店は立って飲んだ方が楽しい。そう言えば昔はこんな雰囲気の店や穴蔵みたいな店がちょくちょくあって、そんな所で馬鹿みたいに酒を呷ってたっけ。難聴になりそうなくらいに「赤い飛行船」や「深紫」・「転がる石」なんかを聞かせてくれる店が一番のお気に入りだったけど、だから今こんなにジェットの轟音に惹かれるんだろうか。
「選んでくれたら掛けますよ」
 マスターがせっかくこう言ってくれるので、ボックスの中をあれこれと掻き混ぜる。選んだ曲は「友よ」うん、思いっ切り「全共闘世代」のもので、かつて東大安田講堂が学生達によって占拠され、機動隊との激しい攻防の後に陥落する際、学生達が歌っていたといわれる曲だ。自衛隊員と飲むのに相応しくないとも思えるチョイスだけど、へそ曲がりのぼくは逆説的に敢えて選んでみた。
 ぼくらの世代って言うのは、こういった「全共闘世代」が暴れ回った後の政治的に去勢された世代で、政治の話をするなんて奴は、極端にいえばそれだけで危険視されるような時代だった。だからって結論付けるのは極論なのかもしれないけど、まあ政治に関心が薄れた人間に育つのは当たり前だし、今日の投票率の低下に繋がっているんだとぼくは思っている。
 話が脱線したんでまた元に戻すけど(こんな時には閑話休題って言えば良かったんだっけ?)この「友よ」っていう歌、地下で細々と活動を続けている人たちには申し訳ないけど、ぼくの心情的にはまさに今の自衛隊員に捧げる歌に思えてならない。これまでさんざん憲法と政治の間に生まれた私生児なんて言われて、色んな人たち(主にテレビの向こう側や活字の向こう側にいた人たち)からいじめられてきたんだけども、防衛庁から防衛省になって、今や具体的に9条の改憲の話まで出てきている。左の方の思想を帯びた教師から「〇〇くんのお父さんは、自衛隊という悪い組織にいる人です」なんていう、お前になんぞ人権を語る資格は無いわ~!!と喚きたくなるようなとんでもない話が伝説?として残っているくらい、これまでの自衛官は肩身の狭い思いをしてきているわけだから、今こそ大きな声で叫べばいい「夜明けは近い」って。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴24

防府北基地航空祭 その2  

 今回予約したホテルは2月にもお世話になった所で、まあ相変わらずの平日3900円と爆安ぶりだ。入るなりシャワーを浴びて、ベッドで手足を目一杯伸ばす。今夜の飲み会は、翌日の航空祭でのフライトを控えた教官が多いので、17時と少し早いスタート。場所はメインの通りから少し脇道に入った、うーん香りで判る少しお高そうなお店だ。
「山口ではけっこう鱧がとれるらしいんですよ、これまでは京阪神へ出すのが多かったんだけど、何とかこれも名物にして売り出そうという動きがあるみたいで、だから今日はこの鱧のコースを頼みました」
 DIさんがさらりと今日の料理を紹介してくれたけど、仲居さんも付いてくるような店で、う~んもう少しちゃんとした恰好で来れば良かったかも。
 人数はぼくらも含めて15人くらい。前にDIさんと一緒に高知を襲撃してくれたHSさんがお世話役で、集まったメンバーを見渡すと、その中に301飛行隊出身でブルーインパルス新メンバーのギャランさんの姿もあった。Kゾーさんの時もそうだったけど、ギャランさんのことも硫黄島移動訓練のDVDで、お茶目な姿も含めて散々見せてもらっているから初めてのような気がしない。ひょっとしたら皆さんの気持ちを越えて、勝手に打ち解けたつもりになって迷惑かけたかもしれない。
 ところでKゾーさんといえば、明日の航空祭で、F-4の2番機として飛んでくれるらしい。DIさんは「この前予行で飛んだんですけどね、ちょっとやんちゃが過ぎるんで、もう一回やったら注意してやろうと思っていたら、案の定来たんで『このやろーてめーいい加減にしろ』って怒鳴ってやったんですよ」なんて笑ってた。ぼくとしては、そんなやんちゃは『熱烈大歓迎』なので、どうかこればっかりはDIさんの言うことなんか聞くことないから、無類のやんちゃ振りを見せて欲しいって願った。Kゾーさん明日期待してまっせ!!なんてね。だいたいこんなこと言っちゃあ何だけど、これまで散々DIさんの『やんちゃ話』を本人から聞かせてもらっているのに(まあDIさんも幹部としての立場があるのは判るけど)説得力も何も無いよね、いや悪口じゃなくて良い意味での『男の心意気』なんて部分で。
 男の心意気って言えば、井Uさんが
「明日T-7の10機編隊で飛ぶんですよ。この10機っていうのは他じゃあたぶん見られない、うちだけじゃないかと思うんですけどね、自分この4番機で飛ぶんですよ。4番機って分かります?編隊のど真ん中なんですよ。他の機はね、右なり左なりに逃げ場があるんですけども、自分どこにも逃げ場が無いんッスよ。これって自分に『死ね』って言ってるのと同じようなもんです。だから自分、明日は死んだつもりで飛ぶんでしっかり見といて下さい」
勿論冗談なんだけど、確かに10機が編隊を組むとあのど真ん中は厳しいだろうな。これまで考えもしなかったけど、特にプロペラ機だと機体が軽い分、風の影響を受けやすいっていうことだし、井Uさんの気持ちになればとんでもなく神経を磨り減らす場所なんだってことがよく解る。こんな話を聞いてしまっちゃったから、この後は井Uさんに酒を注ぐペースが遅くなってしまった。まだまだぼくも甘い?
 甘いっていえば今回の飲み会での紅一点、W辺さんのこと。オープニングで飛んだ後で『後席は女性パイロットでした』なんて他の人のページで写真が紹介されたりしてたんだけども、おでこの広い聡明な、それはもうべっぴんさん。どうして正面からの写真を載せないんだ、とかちょっと文句を言ってみたりして。その美しさを具体的に語るのは難しいけれど、この教官なら厳しい言葉で指導してもらいたいなんて、少しだけぼくの中に眠っているMの血が騒ぎだす感じ、って言えば何となく分かってもらえる?かえって分からなくなる?ああそうだ、少し香椎由宇に似ている。ひっちさんだかが聞いた話では、飛行機が恋人の独身だとか。ただ残念なことに8月の異動で他へ移られるとのこと。
 異動って言えば、A樂さんだ。これまで「後で聞けばいいや」と思っていて、ふと気が付けばいつも酔いたくっていて、中々聞けなかった電話番号をと今回やっと聞くことが出来た。メールも聞いたんで、美保に転勤しても連絡をつけることができる。転勤のお祝いってわけでもないけど、自作の『べろべろの神様(ベク杯)セット』(うん、らしくもないけど、陶芸らしきこともするんだ)を渡すと、まあやはりっていうか当然っていうか早速人数がわらわら集まって、DIさんが後ろでイヤ~な顔をしているけど気にせずに、焼酎でガンガン飲み始める。少しでもA樂さんの思い出になってくれれば幸いだけど。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴23

防府北基地航空祭 その1  

 メキシコで発生?した豚フルエンザが猛威を振るっていても、対岸の火事よろしくノホホンとしていられた。話題の中心がアメリカに移っても、対策も取っているしまだもう少し先のことだろうと安穏としていた。ところが感染者が入国してきて、しかも大坂~!近い~!!となって、さすがにぼくの尻にも火がついた。このまま感染者が拡大し続ければ、防府の航空祭が開催されるかどうかの心配が出てきたからだ。
 思い返してみれば初めて行った美保基地の航空祭、次に行った新田原の航空祭、那覇基地の見学時と、初めての地には何らかの試練(そんな大層なもんでもなかったけど)が待ち受けていた。防府北基地へ行くのは初めてではないけども、航空祭へいくのは初めてなもんで、この豚騒動もその一環なんだろうなと諦めた。ただ希望の綱は、これまで幸いなことに完全中止っていうのには見舞われていないってことだ。この何の根拠にもならない実績?を頼みに、後はもうただ祈るしかない。
 実は今回、防府へ行かなくちゃならない理由が、航空祭以外にもう一つ出来ていた。A樂さんが6月1日付で原隊美保基地へ異動になるってことを聞いたからだ。昨年の夏に呉の大和ツアーで初めてお会いしてから、その年の秋の高知襲来、今年2月の防府出動と短期間のうちに濃密な親睦を深めさせてもらっていたので、これはぜひ石にかじりついてでも防府まで出掛けなくちゃいけないのだ。男として大事なことなのだ。虚仮の一念岩をも穿つって言うじゃないか、気合いだ!気合いだ!気合いだ~!!根性があれば豚フルなんぞ怖くない、念の力で山口県への侵攻食い止めてみせる。

 馬鹿には科学的根拠なんてものが通用しない。でもその馬鹿どもの念が通じたのか、豚フルは山口県に侵入することなく航空祭も無事開催されることになって、5月30日の土曜日また南国インターに雁首揃えたのは総勢4人。航空祭の前日に南基地でもイベントがあるってことで、気合いの入ったひっちさんが集合時間を4時に設定した。う~ん、眠いけど~。他は毎度のN川係長とK内くんだ。
 高速1000円乗り放題の恩恵に与って、橋を渡っても何と片道2000円。4人で割れば、ガソリン代を考えても1人頭2000円にはならないはずだ。これじゃあフェリーや鉄道なんか「やってらんない」てなことになるわけだ。ついでにフェリーも補助金を出して片道1000円なんてことをしてくれれば、ぼくらとしてはもっと嬉しい状況になるんだけども、そうもいかないか。
 あれやこれやと、むしろ目が覚めきらないうちに気が付けば(8時前だった)防府に到着していた。やっぱり他の人が運転してくれると楽ちんだ。「着いたよ」っていうメールをDIさんに入れて、車はそのまま南基地へと向かう。雲り空ながら天気は十分に持ちそうで、今日はけっこう暑くなるかもしれない。先にいくつか買い物を済ませてグランドの脇に並べられた椅子の最前列に陣取る、9時半から始まる新兵さんの観閲行進をみるために。
 やがてトッテケテートッテケテーという太鼓のリズムに合わせて、緊張した面持ちの学生さん達が行進してくる。一糸乱れぬ、う~ん美しい姿だけど、この緊張感の中で何時間も続けられると、この人数だし絶対に倒れる学生が出てくるなと思っていたら、やはり1人出てしまった。感心したのは、ちゃんとそう言うのに対処する教官?が後方に待機していて、まるで忍者のように後方から列の中に入っていくと、具合の悪くなった生徒だけをピックアップして何事も無かったかのように連れ去っていったことだった。学生さん達の目一杯頑張る姿は、確か900人くらいってアナウンスされてたから、1800個の瞳が日本の未来を見据えていて、ぼくの目頭を熱くさせた。
 式典の途中からは、ブルーインパルスの予行飛行が華を添える。聞き慣れたT-4の快音が美しくスモークを引いて「そう言えば今年からのメンバーに301飛行隊から1人加わってたな」なんてことを考えていた。
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 午後からは天満宮を参拝して、夜に向け?心身ともに清めてもらう。ちょうど結婚式をしていたので、これも何かの縁と陰からお2人の幸せを祝う。ホテルのチェックインまでの時間調整にのんびりしていると、階段の上段から和んでいる虎猫と目が合う。チッチッチと呼んでみると、面倒くさそうに少しだけ頭を上げて尻尾を高く振った。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴22

新田原の春風 その4  

 2次会にと予約している店は、1次会から歩いて5分と少しくらいの場所にある、DIさんや防府の鬼御一行様方と痛飲したバーだ。たった2階なのに、気の遠くなるような真っ直ぐで長い階段を昇った先にあって、暇なことを売り物にしている変なマスターがそこには居る。暇なことを売り物にしているくせに、最近ぼくが行く時はけっこう客の入りが良くって、だから今回はと手前から予約を入れてたんだけれど、果てしない階段を昇った後にドアを開けると、やっぱり満員だった。マスターが「ごめん」とか言いながら走り寄ってきて、ぼくは少し溜息をついて、秘密のドアを開けて更に階段を昇っていく。「下が空くまで上でゆっくりお願いします」なんて声も慣れっこになってるから「それまでダバダ(火振)を瓶ごと持ってきて、ダバダ好きの人(Kゾーさん)が居るき」って、こっちも遠慮しない。15畳くらいの畳の個室なので、バーの2次会っていうよりも1次会の延長戦みたいな気分。でも、EMさんは気に入ってくれた様子で
「ここやと、もう何か貸し切りみたいな気分になれますなあ」
と早速戦闘モードに。CYくんは去年新田原で飲んだ時には「酒はあまり強くないんですよ」なんて言っていたけれど、何が何が、今回は顔を真っ赤にしながらもかなり健闘している。Kゾーさんはダバダを抱えるようにしてガンガンの飲みっぷり。2月頭に防府北基地へお邪魔した時に撮影した、若かりし頃のDIさんの写真を肴に「うそ、可愛いやん」「ああ、ここのところに今の面影がある」なんて更にピッチが上がっていく。このことをDIさんに話すと絶対に「恥ずかしいから勘弁して下さいよ」なんて苦笑するんだろうなと妄想を広げて、事実防府北基地の航空祭でDIさんは、これとほぼ同じようなことを言って頬をボリボリ掻いたのだけれど、それはまた別の話。
 しばらくして「下が空きました~」って声がかかり、民族大移動よろしくグラスを持って階段を降りる。やっとこれで2次会が始まったっていう気分になる。
 やがて仕事が済んで駆けつけてきたK内くんも加わって、あちこちそちこち、あんな話やこんな話、きっと守秘義務にはかからないんだろうけど、色んな失敗談なんてのも聞かせてもらって、でも本人の名誉もあるし、あ~話したいけど話せない。
 ただひとつ、米軍との演習時の話で「自衛隊は『実戦を踏んでいない』ってことで軽く見られる」なんて悔しがってたけど、それは違うと思う。奴らが強いのはTVゲームの部分だけだ。ぼくの愛するF-4vsF-22のハードの問題だけだということ。例え実戦を踏んでいないとしても、じゃあ同じハードで闘った場合ソフトは互角以上に優秀だと思えるわけ(例えば、以前F-4とF-22が模擬空戦をした際に、F-4が撃墜位置に入ろうとしたもんだから急遽訓練が中止になったっていうヨタ話がネットか何かにあって、その話を新田の飲み会の時に聞いてみたんだけども、その時の現場で模擬空戦に参加していたという人の反応が「そんなことが起こりうる筈がない」なんて思いっ切り『完全否定』だったものだから、ぼくは密かに「ああ、事実なんだ」と今も信じているわけで、まあ米軍としても、最新鋭機が何かの間違いにしてもご老体のF-4に撃墜されそうになりましたじゃあシャレにならないわけだから関係者の完全否定も仕方ないことなんだろう)だから、もっと自信を持っても良いと思う。詰まるところ奴らの実戦(空に限定して言えば)っていっても、本当に血みどろの中に居るわけじゃあなく、単に図上演習の延長線上だけだってことだ。何故なら奴らはイラク戦争の時に、自信満々に最初の第一撃でフセインを葬り去ったと発表していたわけで、これが事実でないことは今や世界中に知らない人はいない。子供が大人とケンカしないように、自衛隊が実戦経験がないなんてことを今更持ち出してくるっていうのは、それだけ日本の自衛隊の存在感を無視できなくなっていることの裏返しってことにならないかな?

          *          *          *

 前回の話を蒸し返してしまうんだけど、何とか「やすらぎ」って復活させることはできないんでしょうかね?あの店の鮮烈さというのは、今でもぼくの脳裏に焼き付いていて、多分だけどもぼくだけじゃなくて、かなりの人数の故郷のようなものなんじゃないかと思う。思い入れなんかは、ぼくごときが口出しするのも失礼にあたるのかもしれないけれど、本当に失われてしまってからでは遅いような気がして。
 とりあえず、もしこれを読んだ人であの店に対する熱い思いがある人は、何かコメントを下さい。ぼくはあの店の、最後の数年間を知っているに過ぎないので、ぼくの知らないあの店を教えて頂きたい。多くの人が語ってくれれば、その思いは伝わるかもしれないし、伝わらなかった(復活しなかった)としても、そこで語られた言葉は多くの人の記憶として残っていきます。どうかお願いします。
 

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続・亡霊(ファントム)たちの宴21

新田原の春風 その3  

 その夜の宴会場は、先にも話したけれど鯨を食べさせてくれる店だ。鯨を食べるのは野蛮だとか、色々いう人がいるのは全否定まではしないけれど、これまでご先祖様から脈々と続いてきた鯨の食文化だから、食べたくない人にまで強要はしないから、どうかそっとしておいてほしい。
 というわけで、宴会場へと向かったわけだけれど、場所はといえば、がっかり名所として名高い「はりまや橋」の交差点から南側の通りを東の方へ行き、以前デパートが有った跡地東側の南北の通りだ。更にすぐ東側には、夏目雅子さんの「鬼龍院花子の生涯」で舞台となった陽暉楼(現、得月楼)がすぐ隣にある。予算の都合で陽暉楼での大宴会とはならなかったが、まあ映画の舞台のすぐ近くの店ってことで今回は勘弁してもらおう。
 店の近くまで行くと、向かいから見覚えのあるエンピツみたいな男が歩いて来る。なんとまあ、珍しいことに遅刻常習者のKHだった。感心かんしんと、頭を撫でてあげながら店に入ると、気の早い高知迎撃部隊は概ね揃っていた。

「かんぱーい!!」

 最初のビールを流し込んで、早速頂いた「金霧島」と「野うさぎの走り」を披露する。飲み放題だから、店の酒を飲んだ方が勿体なくないんだけども、せっかく良いお酒を持ってきてくれたんだから、酔っぱらってから飲んだのではそっちの方が勿体ないような気がして、一部の「えーっ、もう焼酎に行くがァ!?」などというお酒様に対して失礼な言葉は一切聞こえなかったことにして、さっさと段取りを進める。
「焼酎様に対して失礼になるき、水割りなんていう軟弱な飲み方はゆるさん!ロックで、男ならロックで飲まないかん!!横にチェイサー置いちょってもかまんき、ロックで飲みや」
 漢(おとこ)の飲み会に、民主主義などという邪悪な思想は通用しない。美味い酒と旨い肴、そして真っさらな腑(はらわた)をさらけ出す気持ちがあればよい。
 先ずは「サエズリ(鯨の舌)」を「酢みそ」で頂く。うーん、鯨喰いにはたまらん一品。これまでサエズリは日本酒しか有り得ないと思っていたけど、金霧もなかなかいけるちや。「どろめ」も「ぬた(にんにくぬた)」で食べるとシビレルき。寿司に鯨の刺身、鰹・鯨・うつぼのタタキが並び、みな順調に手をのばしてくれているので一安心。会話も弾み、気が早いながらも今年の新田原航空祭での飲み会の話になる。
「店の外になるんやけど、ホルモンのええ店があるんですわ。中やと、そら煙でモワーなって、とても居れたもんやないから、厚着して外でガー食うたら美味いでっせ」
 うん、どんな店か想像できないけども、なんだかEMさんの説明がえらく美味そうで、すっかりその気になって「今年も新田へ行くぞ、おー!!」なんて盛り上がる。そしてふと思い出して、聞いてみる。
「やすらぎってまだ復活してないですか?」
「うーん、体調が良うないみたいなんと、基地のもんなんかも、西都とか高鍋へ出かけるし、経営的にもキビシイかったかもしれんなぁ」
 時代の流れと言ってしまえばそれまでかもしれないけれど、ぼくにとっては、知り合ったファイターたちとの原点の店だけに、このまま終わらせてしまうのはあまりにも惜しい気がしてならない。
「EMさん、やすらぎ買い取りません?」
 ぼくの唐突な言葉にEMさんは一瞬キョトンとして、そして少し寂しそうに笑って
「いや、わしそんな金無いし…」
この言葉を聞いて、ぼくはとても嬉しくなった。ぼくだって本当にそうなんだ。できることなら、やすらぎ丸ごと買い取りたい。EMさんが西都に家を買って住んでいることを知っているのについ言ってしまったんだけども、その返事が「西都に家が有るのに、そんなもの要らない」じゃなかったことが、その夜ぼくにとって一番嬉しい言葉だった。

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