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続・亡霊(ファントム)たちの宴27

防府北基地航空祭 その5  

 天気が回復したことは、例えぼくが馬鹿な買い物をして笑いものになったとしても、それはそれでめでたいことに変わりない。鉛色の空に響く轟音より、青い空を突き抜けていく轟音の方が、見た目や何やらを含めて10倍以上カッコイイのは判りきったこと。玉のような汗が噴き出したとしても、寒さに震えて鉛色の空を見上げることを思えばなんてことはないさ。



 F-2が気持ちよさそうに機動飛行を決めて、UH1とOH6が連携して燃えさかる炎を見事消し止めた。さあKゾーさんが2番機を務めるF-4のショータイム。先ず南側から進入してきた2機、うーん低い。これって新田原の航空祭よりも低い?見え始めてから、あっという間に通過して、またあっという間に見えなくなる。次はどこから来る?轟音の余韻を追っかけて、レーダーみたいに360度首をぐるぐる回す。突然顔の向いた反対側から襲撃されて、慌ててそちらに向きを変えようとすれば、首や背中がグチッっとか音をたてて「あいたた…」としゃがみ込む。くそ、いいとこ見損なった。ダメージから回復したころには、2機が右に左にと機体をバンクさせ、皆に最後の挨拶をし始めていた。あ~あ、せめてあと10分くらいは暴れ回ってほしかったのに。基地周辺への配慮ってやつだろうか、たしかにF-4ってやかましいからなあ。やんちゃ満載で通過する一瞬の繰り返しで、迫力は申し分ないし楽しめるんだけど、時間的なものに物足りなさを感じた。なんとか基地上空の見える範囲で、ぐりんぐりんできるようにならないだろうか?でもなあ、F-4から爆音が無くなればそれはそれで寂しいし、見に来る価値も半減しちゃうしなあ。それに、この音こそが今の日本にとっての専守防衛の重要な要素のような気がする。なるべく理屈っぽくならないようには努めるけど、つまり航空祭だって専守防衛のためのプログラムの一部なんだろうってこと。そのためには、なるべく開けっ広げに楽しく見せるって事が重要で、やかましいからっていう理由で静かな戦闘機を作っちゃったものなら、そしてこれを航空祭で機動飛行でもさせようものなら、国内外のありとあらゆるメディアから袋叩きにされて、どうかすると自衛隊の存続の危機にまで話は及ぶかもしれない。なんでこんな極端な話になるかって?実際の航空祭を想像してもらえれば分かると思うけど、しーんとした会場でアナウンスが無ければどこから現れるか判らない戦闘機を見るっていう行為は、見に来た人に『実戦的な不安』『具体的な薄気味悪さ』を与えるわけだ。ステルスが最強を誇る今日となっては自分の位置を知らせる…存在感を示すっていうことはむしろ不利な要素なわけで、だから爆音っていうのはむしろ戦闘兵器に関しては、国民の不安感を和らげる意味を持っているんじゃないだろうか?つまり逆説的にある意味で安全と平和の象徴とも考えられないこともないから(かなり苦しい?)ここはひとつF-4部隊を天然記念物的に残して(もう、意味不明・支離滅裂なんだけど…)いただくわけにはいかないだろうか。(もちろん、ただのF-4好きの戯言です、ハイ)
 ブルーインパルスに関しては、今回初めて「さくら」を見せて貰って大感激。ギャランさんのアナウンスは、ぼくらの居た場所がスピーカから離れていたから聞き取りにくかったので残念。安定した華麗な舞いを堪能していると、DIさんからの連絡。
「このあとニュータへ飛ばなくちゃいけないんで…」
 と、わざわざ挨拶に来てくれた。
 DIさんのことだから、何もしないまま飛ぶはずがない。そう思って見ていたら、やはりというか、案の定というか、しめしめというか、2機で離陸した後で「せーの」で左右にブレイクして会場を沸かせた。まったく、どの口がKゾーさんに『このやろー、てめーいい加減にしろ』と言ったんだか(なーんてね)いえいえ、ぼくらは大歓迎ですよ。
          *       *       * 
 帰り道の渋滞の中、高速に辿り着くまで1時間、宮島のSAで小休止していると、DIさんからのメール。もう新田原基地まで行って戻ってきたとのこと、いーなぁ~飛行機は。 今回もまた楽しい思い出をいっぱい頂いて、満足満足の2日間。さあ次は戻り鰹が旨くなった、秋の襲撃に備えておかなくっちゃな。皆さん揃ってのご来高、首を長~くしてお待ちしております。

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続・亡霊(ファントム)たちの宴26

防府北基地航空祭 その4  

 スタートが早かったから、夜10時くらいにはよゐこでホテルに戻っていた。翌日も「渋滞したらいかんき、6時半に出よう」なんてひっちさんにネジを巻かれていたし…てなわけで、やれやれ、6時前に起きてシャワーを浴びてから出発する。う~ん、朝一番の爆音で目覚めていた「やすらぎ」が懐かしい。田島門側の草地の駐車場に並んで開門を待つ。メイド服を着た不思議なパン屋さんが開店の準備をしている。その突き出されたおしりの先で、ひらひらしているスカートの端を眼で追いながら時間を過ごそうとする「ふ~ん、航空祭によって色んな違いがあるんだ」でも、間もなく飽きる。何もすることが無いんで、ただひたすらうだうだと時間を潰す・つぶす・潰す…。そしてやっと開門、誘導に従って滑走路の近くに車を駐め、そして会場目掛けて歩いていく。「ここは新田に比べれば近いですよ」とDIさんに言われたとおり、これなら歩いても半分くらいだ。でもやっぱり、帰り道はひどい渋滞なんだろうな。
 そして飛行教育隊?の建物に手続きを済ませて入り、皆さんに昨夜のお礼を言ってから特等席の屋上に上がる。そして思う。あれ?寒い。今日は天気になるはずなのに?と見上げた空にはどんよりと厚く低く雲が垂れ込めている。まだ朝早いし、そのうち気温も上がってくるさと、根っからの脳天気野郎は軽く運動して体を温める。
 やがて4機のT-7が優秀な低騒音のエンジンに包まれて、さらにバラバラバラとヘリが飛んできてオープニングフライトが始まる。T-7が華麗に機動飛行?を披露して、さあお待ちかねの10機のT-7による編隊飛行だ。天気はまだ回復しておらず、けっこう冷たく強い風が吹いている。井Uさん頑張れよと祈るような気持ちで見守る。ジェット機のような轟音が鳴り響くわけどはないから、編隊飛行といっても本当に静かだ。ブーンという耳の奥に残る余韻のような、粛々とした威厳に満ちた飛行だ。威風堂々なんていう言葉は、このためにある言葉なんだなと実感した。

 遠くの方でブワーンという工事現場のような音が鳴り響いている。見渡すと戦車(これって特車って言わなくちゃいけないんだっけ?)が唸りを上げて走っている。へーえ、後で見に行ってみよう。それにしても寒いな。5月も末になると、昼間に長袖が必要だなんて思わない。少なくともぼくが育ってきた環境ではそうだった、だから当然半袖シャツしか持っていない。我慢しよう…でも寒い、やっぱり寒い、我慢できない~えーい仕方ない下の出店へ行って何か上に羽織るものを買ってこよう。ついでに戦車も見てこよう。
 そしてちょうどのシャツを見つけた、軍物の厚手のシャツ1900円。よしよし、これでもう寒くないぞ。
 …でも幸せだったのは一時だった。
 初めて見るエアーロックの曲芸飛行に口をポカンと開けて見ていると、あれ少し天気が回復してきたみたいだな、青空が見え始めたよ。よしよし、ラッキー。しかし天気は、本当に急速に回復し、午前中の寒さは何だったんだっていうくらい暑くなった。ぼくの手には、今はもう単に場違いでお荷物でしかない、厚手の軍物シャツ1900円が残された。たぶん高知に戻っても、この先また冬が訪れるまで着ることは無いであろうこのシャツ、怒りの鉾を向ける先が無くて、ぼくは教官室でお昼のお弁当を頂きながら相手かまわず当たり散らすこととなった。もちろんみんな爆笑していたんだけど。

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